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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【マル&クク主drago】rain or shine

■なにがなんでも

もしくは「必ず、何としても」というような意味があるらしい単語。

ボツにした小話を読みたいとメッセにて願われたので、遅刻のお詫びもかねてマシなものを掬い上げ。当然ながら無題なので、雰囲気で探して見つけた単語を即興でつけて載せてみることにしました。

そのままの意味(「雨か太陽か」)でもちょっと面白いかなと。
まさにククールの心情のようで。

拙作ではありますが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
続きは以下よりどうぞ。









 雨が降っている。
 薄く煙る窓の向こうで、しとしとと。
 満ちて開き終えた花を散らすそれは、桜にとっては無情の雨でしかない。

 ――桜流し、とはよく言ったものだ。
 窓際に置かれたカウチには、つまらなそうな顔をした男が一人。
 長い手足をだらしなく投げ出して寝そべる姿は、怠惰な猫そのもの。
 だというのに、ちっとも見苦しくないのは容姿が整っているせいだろう。後ろで一つにまとめ、赤い布で結わいている銀色の髪はさらりと滑らかで、男の美貌を更に引き立たせる役割になっている。
 切れ長で涼しげな目元。その瞳の色は澄んだ空を思わせるアイスブルー。
 色気ある流し目で、蟲惑的な容姿で。
 多くの女性を泣かせてきた男の、流した浮名は数知れず。
 けれど、それも今は昔。
 現在はただの男――というよりは大きな猫と化して、カウチに横たわっている有様。

(さむい)
 夏も近いというのに、少し気温が低い気がするのは雨が降っているせいか。ゆったりとした長シャツと長パンツを身に着けているのに、ちっとも温かくならない。足先を擦り合わせながら、男は眉間に皺を寄せる。
 寒いと感じる本当の原因に思い当たることはあるものの、今は深く考えたくはない。
 男は――ククールは長い睫毛を震わせると、じろりと窓の外を睨んで呟く。

「……早く帰って来いよ、仕事馬鹿どもー」
 本来はマイエラ騎士団副団長を務める美形の男である――筈なのだが、今のククールにそのような面影は欠片も無く。
 ぐたりとカウチに寝そべりながら悪態をついたその声は弱々しく、どこか拗ねた子供のようだった。


 *


「……こいつは、また……はあ。一人にすると途端にだらしなくなるな」
 帰宅した男は濡れた前髪を掻き上げると、カウチで寝ている見映えの良い愚弟を見下ろして溜息を吐いた。
(まあ、元を辿ればアレが原因だ。……コイツが拗ねるのも当然か)
 鋭い鷹の目をした黒髪の男の名は、マルチェロ。
 マイエラ騎士団の団長である彼は数日の休暇を取って自宅で寛いでいたのだが、その翌日早朝に部下から泣き言付きの救援要請を受けて、外出する羽目になった。
 適度に散らかっている部屋のゴミを拾い片付けながら、その時の事を思い出す。


 *


 やって来たのは、マルチェロが優秀だと認めて側に置いている部下たちが三名ほど。
 少し蒼褪め、申し訳なさそうな顔をしているが怯えているのではない。自分たちの能力を高く評価してくれている上司の期待に応えられなかったことに対して恥じているのだった。
 けれど、マルチェロの顔には侮蔑や嘲りといった負の感情はちっとも浮かんでいない。何故なら素直に己の能力不足を認め、早急に問題を解決するべく上司へ報告しに来た姿勢に交換を持った為だ。
 無駄にプライドが高く傲慢で、欲に塗れて腐敗した騎士たちはもういない。いるわけが無い。
 目の前にいるのは、気高き意思を持つ神の使徒。
 だからこそ、マルチェロは彼らの泣き言を受ける気になった。
 つい柔らかになりそうな口元を引き締めて話を聞いたところ、早朝から仕事がどんどん舞い込み、予想以上の速度で書類の山を作り始めたという。
 当初、彼らは彼らなりに手を尽くして奔走したようだが、繁盛期は容赦なく仕事を積もらせ、時間が経過するごとに速度を増し、書類も部屋いっぱいになって危うくなってきたのでとうとう白旗を上げることになった。
 団員たちは端的に話し合い、代表者を選出する。そして早馬を出し、頼みの綱となる団長殿の邸宅へ嘆願しに来たのだった。

「甘えるな阿呆。その程度の仕事すら出来ん無能なのか、貴様らは」
 三人の部下を睥睨しながら、それでも冷たく告げたのは要請の拒否。
 当たり前だ。いちいち泣き言を受け入れていては、成長も何もあったものではない。
「はっ! 申し訳ありません! ――ですが!」
 部下は、真っ直ぐに背筋を伸ばした姿勢から一度敬礼すると、そのまま踵を――あっさり返すならば、そもそも自宅に押し掛けてはいない。
 三人揃って直角に頭を下げると、一人が声高に叫んだ。
「自分たちの手には余る案件だと判断致しました! お休みのところ大変に申し訳ないのですが、助けて下さいマルチェロ団長!」

 それでも、マルチェロは休暇中なのだ。
 故に、厳しい態度でもって二回目の目の却下を行うことは可能だったのだが……。
「きちんと代役も置いてきただろう。そいつはどうしている」
「はっ! 代役殿は、今も手を止めずに処理を進めております。……ですが、団長の処理速度には全然追いついておりません!」
「……。それでもどうにかするのが聖堂騎士だろう。手は遅くとも、皆で分担して片付けていればいずれは――」
「はっ! そう考え、全員で一丸となって何とか頑張っていたのですが――ちっとも仕事が減らないんですー! 助けて下さい団長おおおー!」
 途中まではしっかりとしていたのだが、姿勢を取り繕うのもそこまでだった。
 後半はすっかり騎士らしからぬ態度で悲嘆の声を上げた三人を見て、マルチェロがこめかみを押さえたのも致し方ないこと。
 こつこつ、と。己のこめかみを指先で叩きつつマルチェロが顔を顰めていれば、ふと何かを感じて視線を巡らす。
 マルチェロが流した視線の先――ドアの影には一人の青年が立っており、じっとマルチェロを見つめていた。
 目と目が合うも、青年は何も言わない。
 けれども、その美しい黒瞳は語りかけていた。

 ――力を貸してやってはどうだ、マルチェロ?

 無表情ながらも神が手掛けた彫刻のように整った美貌だからこそ、時折見せる微細な表情は強い虜化効果があるのだと、マルチェロは考える。もっとも、当人にはそのような自覚などないのだろうが。
 むしろ自覚しているほうが怖ろしいので、そのまま無自覚でいてもらいたいところではある。
 そんな玲瓏な美貌を持った青年が、そうして僅かな――水面に小石を落としたような細やかな――笑みを浮かべて促した為に、マルチェロは重い腰を上げることになる。
「助かります! ありがとうございます、マルチェロ団長ー!」
「喧しい、大声を出すな。……そら、行くぞ」
 喜ぶ部下たちに苦笑を投げて、マルチェロが玄関へ行こうとしたその時――。

「あっ!?」

 目が良いのか、部下の一人がドアの陰に潜むようにしている彼の人を見つけてしまった――気づかれてしまった!

「エイト様! エイト様もこちらにいらっしゃいましたか! 厚かましいお願いであることを承知の上でお頼み致します。どうか、エイト様もお力を貸しては頂けませんでしょうか!」
 エイトは時々、マイエラ兄弟からの依頼を受けて書類仕事などを手伝っていたりするので、このように顔を知られている。当然ながら、その高い能力も。
 ああ、と。
 ククールとマルチェロとが、それぞれ「しまったー」という顔をして眉を顰めたのは言うまでもない。

(来客を理由にして、ダイニングの方へ移動させていれば良かったか……)
(いや、それじゃダメだ。上階の寝室に押し込めとくべきだったんだ!)
 マルチェロとククールが、その時ばかりはお互いに見事なアイコンタクトで意見を交わし合っていたなど、誰が知ろう。
 ともかく優秀な大国の兵士長は発見されてしまい、声を掛けられた当人はその冷たく無表情な美貌をククールからマルチェロへと流していき、最後にマイエラからの使者に留めて、こくりと頷いてくれた。正直のところ、見つかって欲しくはなかったのだけど。

「エイトが行くなら俺も行くぜ。手は多い方が良いだろ?」
 だから、ククールも片手を挙げて協力を申し出たのだが、マルチェロの答えは――。
「必要ない」
「なんでだよ!」
「人手はこれで充分だ。それに……空模様が怪しい。雨が降るかもしれん」
「だから? ……俺が足手まといならそう言えよ、団長殿」
 毛を逆立てた猫のように、剣呑な雰囲気を纏ってマルチェロを睨むククール。
 マルチェロはというと、邪推するな阿呆という顔をして嘆息したのみ。
 部下は部下で、自身の発言が原因だと分かっていたので迂闊に口を挟めぬままに彼らの様子を見守っていた――その時だった。

「…………今日は、雨が降る」
 感情のない静かな声が、険悪な空間を切り裂いた。
「……っ、お前も俺を――!」
 弾かれた様にククールが声の主を振り返り、鋭く睨みつけようとしたのだが相手の表情を目にした途端に動きを止める。

 ――美しく咲いた氷の花がそこにあった。

 いつもは何の表情も浮かべていない冷たい美貌。それが今はククールに極上の微笑を向けているのだった。
「流石だな」
「おお……」
 マルチェロは苦笑を、その部下たちは感嘆の声を零し、銀の獣を見事に縫い留めた御業の主を見つめる。そんな観客たちを通り過ぎ、エイトはククールに向かって静かに言葉を継いだ。
「ここで、待機を。……依頼は、マルチェロと俺とで、片付けてくる故」
「で、でもよ、人手があった方が早く片付く――」
「……雨に、降られた時は……、……温かい迎えがあると、俺は……嬉しい」
「え?」
 エイトが緩やかに首を傾げて、更に深くククールに微笑む。
「帰りを待つ者がいると、俺は嬉しい……と、思う。だから――待っていてくれ」
 そう言って白い手を伸ばし、そっとククールの頬を撫でたのは何の為だったのか。
 とにかく、毛を逆立てていた猫はそれですっかり大人しくなる。従わぬわけも無い。
「分かった……じゃあ、待ってるから。だから、早く帰って来いよ」
 わざとらしく拗ねた口調で応じ、それでも頬に触れる手に自分の手を重ねてククールが頷けば、エイトがそれでいいとばかりにもう一度ククールを撫でる。
 音のない拍手をしているマルチェロの部下を余所に、魔物使いが如く手腕をしばらく披露して見せる女神様であった。


 *


 紆余曲折があったものの、どうにか大事にならずに済んだ問題を片付けたマルチェロとエイトは、家路を急いだつもりだった。
 ルーラを唱え、飛び上がった空の向こうがすっかり黒くなっているのに嫌な予感を覚え、更に加速したのだが――けれどあと一歩遅く、結局は途中で雨に降られてしまう。
 それでも、雨足が強くなる前に帰宅できたのはまだ運が良かったほうだ。
 濡れて肌に張り付いたシャツや髪に不快感を覚えながら、それらをタオルで拭きつつリビングに足を踏み入れたマルチェロは、そこで目にした光景に幸運は相殺されたのだと知るわけだが。

 カウチに寝転がっているのは、別にいい。
 雨音を聞いている内に眠くなったのだろう。
 小さなサイドテーブルを置いて、何かしらの飲食をしていたのも構わない。弟もまた同じように休暇を取っていたのだし、束の間の退屈を潰していたのだろうから。

 しかし。
 しかし、だ。
 開封されているワインが、どう見てもマルチェロの秘蔵品と非常に酷似しているのはどういうことなのか。
 しかも九割がた飲まれており、残っているのはグラスにして半分ほどがあるかないか。
 完全に飲み干すのは罪悪感があったのだろうが、けれど少量すぎるワインでどうしろというのかこの愚弟は。
 これならばもう飲みきっておいてくれ、と言いたい。
 しかしながら当の犯人は不貞寝している為、先ずは起こすところから始めようと考えた。勿論、後ほどの長説教は確定しているわけだが。

「全く。躾のなっていない家猫だな」
 怒りを治めたマルチェロは、退廃的芸術品となっている美しい愚弟を見下ろしつつ溜息を吐く。
 横向きの態勢で眠っているククールは、腕に何かを抱えている。縋りついている、といったほうが正しいのか。
 何を抱き込んでいるんだ?と訝ったマルチェロが髪を拭きながら覗き込んだところ、見えたのは黄色い包み。
 いや、それは包みではない。
 くるくると丸めたエイトの上着だ。
 ククールはクローゼットから拝借しただろうそれを、抱き枕のようにして抱え込んで眠っているのだった。
(……大型猫ここに極まれり、か)
 マルチェロは失笑し、それから大きく息を吸うと拳を振り上げて――「起きろ、阿呆」
 ごちっと弟の頭部に軽い拳骨を落とし、「いって!」と顔を顰めたククールが起きるのを待った。


 *


「いってて……何だよ、殴って起こすなよ……ふあー……。お帰り、兄貴」
 上体を起こして目を擦り、ククールがマルチェロを見上げる。
 ふと左右へ視線を流し、マルチェロに戻して眉根を寄せた。
「……アイツは?」
 不満げな声。腕に抱いたままの黄色い上着をぎゅうと掴んで抗議する家猫ならぬ弟に、マルチェロは肩を竦める。
「あいつなら、向こうで仕事の礼に貰った土産を整理している。――エイト。そちらの用事は済んだか」
 首だけを捩じってダイニングの方へ声を掛ければ、少し間を置いてから答えがあった。
「ああ……済ませた」
 足音なくリビングの入口に姿を見せたエイトを見て、ククールが肩を落とす。落胆ではなく、帰宅に対する安堵で。

 ――待ち焦がれていた大切なひと。

「……態度が駄々漏れすぎる」
 カウチから下りて真っ直ぐエイトに駆け寄る愚弟の頭と腰元に、ぴょこぴょこと揺れる獣の耳と尾が見えた気がしたのは錯覚だろう。
 マルチェロは遠い目をして、自分はああはなるまいと口元を引き結ぶ。けれどもその足もまた、ククールが駆けたのと同じ方向を辿るのだ。

 真っ直ぐに氷の女神の元へと馳せ参じる様は、見事に忠実な獣のようでいた。


 *


「はー……。……帰ってくんの遅すぎー」
 エイトの膝を枕にしたククールが、髪を拭いてもらいながら愚痴を吐く。
 三人一緒に湯に浸かり、三人一緒に寝室へ。
 これも変わらぬ日課、いつもの光景。
 そんなベッドの上では、密かに静かな攻防戦が繰り広げられていた。

「エーイト。もうちょっと、撫でて。そう、そんな感じ」
 自分の髪を優しく拭うエイトの手の動きに、ククールはすっかりご満悦。不機嫌さはもうキレイさっぱり消えていて、エイトの太股に軽く頭を乗せて寛いでいる。
 クールで気障な色男は、これまでに自分と恋模様を楽しんできた女性と同じ蕩けるような表情をしていることに気づいているのだろうか。
 盛大に甘え倒しているその姿は見事な猫。飼い猫の。かつてあっただろう野性味は、ことエイトに甘えている時は大抵隠されている。こういう時は素直になるのが一番だと学んだ結果なのかもしれない。
 毛並みのいい美しい獣が、自分のものだというようにエイトの腰に腕を巻きつかせて抱き着き、強い執着を見せている。
 それは宣戦布告。その相手は一人だけ。

「お前は本当に際限なくソイツに構うな。……おい、エイト。時々は突き放しておけよ。でないと幾らでも図々しくなるぞ、ソレは」
 機嫌の良く喉を鳴らす猫がごとく態度でエイトの膝枕を堪能している弟を一瞥しつつ、呆れた声を投げたのはマルチェロ。
 こちらはエイトの隣にいて涼しい顔でその肩に腕を回しているのだが、自分のものだとでもいうように密やかに抱き寄せている姿は強欲な獣。
 その上、肩に回した手を動かしてエイトの頬や唇を軽く撫でたりしているのでこちらもこちらで嫉妬深いところをきっちり見せている。
 それは闘争宣言。その相手は一人だけ。

(今日も盛大に甘えたさんだなこの美形兄弟は! でももうちょっとだけ距離を離してくれると俺の心臓が助かるんだけどなー!)
 静かな牽制を知らぬ当人はというと、兄弟の檻に囲われた中で無表情に――心の中では盛大に慌てながら――それでも、彼らの気が済むまで毛繕い並みのスキンシップに応じるのだった。




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