深夜の突発書き落とし。
本来の続きの合間に差し込み。
諦めないほうが時に残酷なこともある。(しかし適度に泣かせてやりたいなあ、この色男)
連れ戻したのはこれで何度目になるだろう。
ベッドの上に横たえた男の側に腰を下ろし、包帯を巻き終えた箇所を撫でながらククールは溜息をつく。
眠る男のその白い手足に巻かれた包帯に滲む鈍い赤は、腱を断ち切ったばかりであることの証。
脱走した罰の証明。軽く所有印もつけておいて。
相も変わらず、この虜囚は逃げ出すことに旺盛な様子。こうして、こちらが忘れた頃にやらかしてくれる。
今回もまた、空っぽの檻を見せてくれた。
――よくもまあ飽きずに脱走方法を考えつくものだ。
初めのうちはそれこそ心を焦燥させ、強い怒りを掻き立ててくれたが、今はこちらも慣れたもの。
呆れと感心の感情で、捕まえ戻した男にお馴染みの”仕置き”をし、魔力と体力を奪ってから拘束の呪いを掛けなおすのがある種の習慣になっていた。
耐性を下げる神聖呪文を掛けてから口づけにて魔力を食らい、その身に深く杭を突き立てて揺さぶり凌辱することでなけなしの体力を奪う。声のない悲鳴を上げさせ、抱き潰して気を失わせた後にはいつも怖気からの汗で冷えた体が出来上がる。
疲労に濡れそぼり、息も絶え絶えに蒼褪めた顔はけれど美しく、艶めかしく。
いっそ酷く泣き喚き、乱れに乱れて壊れてくれればいいのにと、何度願ったか。
けれど、この男は――エイトは、壊れない。
汚し、乱し、呪いを重ねても、隙を見つけては抜け出すのだ。――そうして捕まり、また穢されて。傷を負わされ、箱庭の中へ戻される。可哀そうなほどボロボロになって。
覚えの悪い虜囚。くじけぬこころは見事だが、とっとと諦めれば早く楽になれるのにと言いたくなる。
いや、実際に言った。
答えは無言。それと氷の眼差しだけだった。
返されたのは、それだけ。心はそのまま閉ざされて。
「ほんと、馬鹿な女神様だよ」
口端を歪めて笑うククールの零した呟きは、しかしどうしようもなく柔らかでどこか哀切を含んでいた。泣きそうな顔をして、冷たい頬にそっと手を滑らせる。
「落ちろよ。堕ちて来いよ。俺はとっくに手を広げて待ってるんだぜ?」
道化師のように両手を広げてみせるも観客はいない。
「……茨で締め上げでもすればいいのかね」
ハッと短く自嘲し、寝息すら聞こえない深い眠りに落とされているエイトの上へと屈みこむ。
その薄い桜色の唇をなぞり、親指の腹でそっと押し上げれば誘うように口が開かれる。
だから、引き込まれるようにして唇を重ねた。
噛みつく獣。だが舌を絡めても反応はなく、ただ為すがままにされているので仕方なく好き勝手に弄ぶことにする。
「傷が開かないよう、加減しないとな」
少し赤い滲みを増した包帯を一瞥し、気をつけながら舌を食み、吸いつき、口腔内を充分に味わう。残っている僅かな魔力もついでに奪い、代わりに唾液を流し返してやれば端正な顔が微かに歪んだので思わず笑ってしまった。
せめてもの抵抗か? もうたくさん中に注いでやっているのに?
「っは……お前、ほんと慣れてくれないのな」
粘膜の接触は脳内に艶めかしい水音として響き、興奮を促し欲を掻き立ててくる。
それでも、このままもう一度抱こうか、と伸びかけた手を辛うじて押し止めたのはせめてもの優しさだろうか。全くに意味もない偽善だというのに。
「……目を覚ましたら食事を摂らせるか」
抱き上げた時に感じた重みを思い出し、ククールは難しい顔をしながら腰を上げる。
「今日は何を食べてくれるんだろうな……粥、パン、果物……まあいつものように全部持ってくるかな」
そう言って笑う声にはいつもの狂気が滲んでいて、立ち去り際にエイトの髪をそっと撫でて囁く――「愛してるぜ、エイト」
いっそ、けものになれればいいのに。
そうすれば、ひとのように悩むことなどないのに。
[2回]
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