サイトをちまちまちまちましていると、どうしても息抜きしないとやってられない衝動に駆られるので書き落とし。
これからどんどん拗れるといいなと。
まあ元が「すれ違い」がテーマの話なので、と言い訳。
マル兄貴のほうも堕としてやりたいなあと思ったけれど、主人公違いで既に落ちた作品を何作か書いているので終了。しかし今の勢いならば行けそうではある。
それはさておき、以下エイト視点です。
目を覚ますと、そこは見知った部屋だった。
監禁の箱庭、寝台の上。
見慣れたアンティークランプの柔らかな光に照らされていても室内はどこか仄暗く、冷たい空気が漂っているのも、同じ。変わらない世界。
(……さむい)
ベッドサイドに置かれた洗濯済みのシーツを見つけるなり一枚とり、それで無意識に体を包みこむ。
勿論、それだけでは温かくはならない。
けれど、悪寒を止めるには事足りる。物言わぬ温かな友人として。
しかしシーツを掴んだ際に右手に鋭い痛みが走り、驚いて確認すれば包帯が巻かれていたので脳裏に疑問符が浮かんだ。
これは何だろう、と考え――目を覚ます直前にあった出来事を思い出し、得心がいく。
そこには弓矢で穿たれた跡があり、巻かれた包帯によって隠されているのだということを。
(……治ってない?)
だが不思議なことに、手当はされているのに傷が塞がりきっていない。確認の為に包帯に滲む赤い色を見つめながらその箇所をそっと撫でてみれば、ビリっとした痛みが走ってエイトは思わず顔を顰める。
(……どうして)
どうしてククールは治しきってくれなかったのだろう?
完全回復の魔法を行使できる聖堂騎士。なのに、なぜか初歩である小さな回復魔法のみを掛けてくれただけという。
(……そういえば、仕置きがどうとか言っていたような気がする)
あと一歩というところで捕まり、希望のドアの前で散々な目に遭わされた。凌辱はいつものことだからと耐えることは出来たものの、自分の流す血の匂いの中での行為には少し参ってしまった。
(まさか矢で射貫いてくるとは思わなかったな……凄腕の狩人みたいだった)
世界の破滅を防ぐ旅をしていた時は聖堂騎士であるせいか、細剣を扱うことが多かった彼は、そういえば弓の技術も会得していたのだったかと思い出す。
懐かしい回想は、もうすっかり遠い場所にあるばかり。
それでも欠片の懐古は、今でもエイトに微かな笑みを浮かべさせる。ククールが側にいない時だけではあるけれど。
(脱走は失敗、そして……拘束の強化、か)
エイトは寝台に座り、あえて痛みの走る手の平を撫でてながらぼんやりと考える。
その首と両手には枷がそれぞれ嵌められており、細い銀の鎖によって繋がれた様はまさに囚人。
赤い生地は特注だろうか。上質でとても手触りが良く、肌に跡を残さない。
この体に跡を付けていいのは自分だけだ、という誰かの意志を感じる仕様は、それだけ性行為を多く重ねられてきたことをも示している。
天使の顔で行う悪魔の所業。
ああ、なんとも強欲な天使がいたものだ。
昏い箱庭に閉じ込め、幾度も喰らいついているのというのに、空腹は未だ満たされないらしい。
飽きもせずに舐め、齧り、何度も欲を吐き出し飲み込ませてくる。
部屋の隅には、置き去りにされたロザリオがそのまま。
この部屋を、この体を、取り巻く呪いは神聖魔法も混ぜ込んでいるというのに御業の主への触媒は見向きもされていない。
――ククールが祈らなくなったのは、いつなのだろう。
茨に巻かれて眠るトロデーンの惨状を見た時、「俺なんかの祈りでも届くといいな」と、義務的な聖職者というよりは年上の男として気遣ってくれたあの姿。
そんなククールにエイトは言葉にならない感謝の念を抱き(実際、口にはできなかったけれど)その姿勢を尊敬し、憧憬し、自分もそうありたいと思ったことがある。
あの優しさは、どこへ。
――優しい人は、もういない?
(俺の声は、届かない?)
口づけ、舌を絡め、強引に手を繋いで揺さぶってくる、なかなか止まない行為は酷い時は一日中(時間の感覚は曖昧だが、大体の時間は予想できている。これも兵士時代の訓練の賜物か)、短くても一時間くらい続く。
快楽に溶けた色気のある眼差しを向け、掴んだ下肢に尽きぬ欲望を叩きつける度にククールの銀の髪が揺れ、時には解けて妖しく煌めく。
美しい夢のような光景。
だが、生憎と現実なのだ。
その事実は、体の奥に吐き出されるどろりとした感覚からの怖気で教えられる。堪らない悪夢として。
「……っ、は」
思い出す度に肺腑の奥がざわつき、苦いものが込み上げる。
体中に散らされる口づけの跡も、体の奥に注がれる白濁した欲も、もう止めて欲しい。強引に引き込まれる快楽も好きじゃない。拒否の姿勢を、どうにか言葉を口にして伝えてはいるのに、一向になくならない。
湯に浸かって緩やかな休息を食んでいても、運が悪ければ背後にいるククールに抱き汚される。
この間がそうだった。
ただ外に出たいと言っただけだったのに。
願いは叶えられず――それどころか声は届かなかった。悲鳴ですらも――欲望に飲み込まれ、胎の奥にあの嫌なものを注がれただけ。
だから、たまりかねて自分で行動を起こしたのに結局は失敗に終わって、このざまだ。
ククールがいつもの昏い笑みを浮かべ、それでも声は優しく語り掛け、矢で射ったばかりの贄を抱き上げて部屋へ連れ戻した。
――その後の仕置きはいつも以上に苛烈で、もはや覚えていない。
体の各所に強くつけられた噛み跡と充血痕が、その酷さを物語ってくれているので。
ククールは愛だと言って囁いてくるけれど、エイトには何も伝わらない。
それは、言葉を交わさずひたすらに食われている獲物の感想として当然のこと。
(多分、ククールは俺じゃない誰かを見ている)
だからこそ言葉を聞かず、意志を受け入れず、ああも好き勝手に抱いてくるのだろう。本命を傷つけることなくできる体のいい欲望のはけ口として。
だからこそ、ここまで酷く扱うのだ。手酷く傷つけ、繋ぎ、その欲が飢えるまでずっと。
飼い殺し、というのだろうか。
それとも生贄の羊か。
台上に乗せた肉を捌き、舌を舐めずるあの美しい天使は狂気に塗れた獣の目でこれからもここにある哀れで愚かな贄を食らい続けるのだろう。
(俺は、何かの代わりで……だから、ククールは……だめだ、考えがまとまらなくなってきた)
不意に体が重くなり、気怠さを感じ始めたは眠りへの合図。
ぐらぐら揺れる思考を体ごと寝台の上に横たえて、エイトは枷により不自由な両手でどうにかシーツを引き寄せる。
胎児のように身を丸め、落ちるはまどろみ、夢の中。
右の手の平に鼻先を寄せれば、微かな血の匂い。
(……おやすみなさい)
優しくされなかった可哀そうな傷跡へ自ら労わるような口づけを落とすと、エイトは静かな部屋でゆっくりと意識を沈めていった。
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