(誰か助けて――っ!)
城の遣いの帰り道。
催し物でなにやら賑わっている町を見つけたので、巡回という名の寄り道をしてみよう、と。
なにげなく立ち寄ったエイトは当初、春の女神祭で盛り上がる町並みを歩き、楽しんでいた。
珍しい食べ物を売っている屋台を見つけては、ふらりと寄り、その硬質な美貌を前に緊張した店主から、なぜだか「これはオマケです、受け取って下さい!」と多めの焼き菓子を貰ってしまい、大いに戸惑うことになった。
次に、凝った手製のアクセサリーを販売している露店を見つけたので、「ミーティアやゼシカに何かいいお土産ないかな~」と足を運べば、艶やかな雰囲気に当てられて顔を真っ赤にした商人から、「お代は結構ですので、ぜひともこれを受け取って下さい!」と、どうしてだか指輪や髪飾りを押しつけられたので、いやいやそれは流石にマズいだろう!と強引に代金を押しつけ、商品を受け取って逃げる羽目になった。
(お、押し売りが多すぎる……。これでも兵士なんだけど、弱そうに見えたのかなあ。)
ぜいぜい、はあはあ。
内心ではひどく疲弊しているものの、幸か不幸か、そうした乱れはエイトの表面に出ることはない。
兵士の特性か、それとも性格か。
すっと背筋を伸ばして表情崩さず歩く姿には凛とした美しさがあり、すれ違う人々の視線を惹いている。
だが、エイトは気づかない。肩から下げた布鞄に黙々と菓子と装飾品を納めると、ふうと吐息のような静かな嘆息を吐いた。
そして、人当たりと謎の押し売りとで精神がどっと疲れたので、どこか静かそうな場所で休憩しようと考えた。
ずらずらと屋台並ぶ、町の端。
こぢんまりとしたその小さな商店は、正しく屋台列が終わる最後尾にあった。
手製の木机と、これまた手縫いらしき敷布の上に並べられていたのは花束と花の冠。
(あ。リーザス村の収穫祭で見るやつだ。)
友人である(とエイトは思っている。むしろ、そうであって欲しい)ゼシカの故郷を連想させる商品に、思わずエイトが足を止めたのは仕方のないこと。
(素朴だけど、丁寧に作ってあるなあ。)などと感心しつつ、視線を上げたエイトはそこで気づく。
そこの店主は、二人の子供だった。兄妹だろう。幼いがしっかりした顔つきの少年と、それよりも二、三歳ほど下らしい少女が、エイトを見ていた。
(あ。凝視しちゃってたか――)
――マズイ、と思った。
こんな暗く陰気な男に店先に立たれていたら、さぞ怖いだろう。
なにせこちらは、常に他者から遠巻きにされ、同年代の友人もいない男なのだ。同年代や大人たちでそうなのだから、子供も例外ではない……のかは、わからない。生憎と、城には彼らのように小さな存在はいなかったので。
現時点では、辛うじて動物には嫌われてはいない、と思う。(貯蔵庫に住み着いた猫が、この間撫でさせてくれました!)
それと、旅の仲間たち。ククール。ゼシカ。ヤンガス。……ミーティア姫とトロデ王もこの輪に入っているのだが、果たしてこれは不敬に当たるだろうか。
(線引きは大事……でも、この間ミーティアにもう少しだけ砕けてくれても良いとか言われたしなあ。でも、兄妹みたいに育ったからとはいえ、さすがに馴れ馴れしいのは……、って。――あ。)
心の中であれやこれやと近状やこれまでのことを懐古していたエイトは、そこで目の前の「兄妹」の存在を思い出す。
意識と視線を子供たちに戻せば、彼らはエイトとしっかり目が合ったことを確認すると――……。
「う……うわあぁぁん!」
「うわーん! 女神さまー!」
「――!?」
唐突に号泣された!?何で!?と思った次の瞬間には、彼らはその場を飛び出してエイトの方へと駆け寄り、抱き着いて来たものだから驚かないわけもなく。
(な、なんだ!? あ、やっぱり俺が気味悪くなって――って、あああ、お兄ちゃんのほうに服を掴まれてるー! 妹ちゃんが俺の足にしがみついちゃってるー! 動けないー!)
左右から、ぎゅうっと。
往来で拘束され、おろおろとする(表情には全く出ていない)、兵士長。
犯罪者に間違われちゃうー!とエイトが右往左往するも、幸運にもそこは町の端であり、そして人気もない場所だった。
なので、エイトはドキドキばくばくする己の心臓をどうにか静めつつ、子供たちをなだめ、説明を求めるよう行動するのだった。
◇ ◇ ◇
そして冒頭に戻る。
病気になった母親の薬代を稼ぎにきた兄妹の話を聞き、心の中で盛大に泣いたエイトは、彼らに手伝いを申し出た。
泣かせちゃったお詫びだ!さあ、頑張って売るぞ!と。
意気込んではみたが、なかなか商品は売れなかった。
まず、人が来ない。いや、遠巻きにチラチラと窺われたり、こっそりと物陰から覗かれたりしているので、一応はココに店があって商品を売っている、と認識はされているのだが――いかんせん、人が来てくれない。
(あー……これは絶対に俺が原因だよなー……。)
諦観の念を抱きながら、視線を遠くに投げるエイトの心情は暗い。
青空に流れていく雲を眺めながら、己の存在が原因で客が寄りつかないのだと兄妹に説明して、この場から離れようかと考える。
エイトの両端にはそれぞれ兄妹がいて、彼の服の裾を掴んだまま、幼くもしっかりした声を上げて呼び込みを続けている。
(誰か助けてー! 神様女神様誰でもいいからー!)
いっそ自腹で商品の一切合切を買い上げて帰ろうか。
ああ、それが良いかもしれない。
それがいい。それでいい。そうしよう。
よし、行動は早いうちが良いだろう――そう考えて、懐から金の入った袋を取り出そうと俯いた時だった。
――見知った気配がした。
勢いよく顔を上げれば、目に入ったのは赤い色彩纏う銀髪の美形。
(かみさまいたかもー!!)
ククール!と叫んで手を振ろうとしたが、しかし喜びが過ぎたのか、相手の名前ではなく売り子としての文言を口にしてしまった。
「――花を買いませんか。」
雑踏の向こうに居た相手には届かないだろう、飾り気のない呼びかけ。
だがククールは耳が良かったようだ。はっとしたように足を止めると、すぐにコチラに気づいて歩いて来てくれた。
「……そんなところで何をしてるんだよ、エイト。」
長身痩躯、銀髪の青年が苦笑交じりに話しかけてくるのを、エイトは「何をしても格好いいよなあ」と感心しながら――変わらずの無表情で――自分が置かれている状況を説明した。
こちらの説明が悪いのか、時折ククールが溜息を吐いたり、苛立たし気に髪を掻き上げたりしたが、それでも最後には「分かったよ」と話の内容を理解してくれた。
(なんだかんだで、ククールって優しいんだよな。……なんたって、人に気味悪がられている俺なんかの相手をしてくれるわけだし。)
聖職者って、良い人が多いよなー。マルチェロも地図くれたし、マイエラの修道院の人たちとかも時々なんでかお菓子くれたりするしー。アレって、聖堂を訪問した巡礼者だか何だかに対する粗品的な物だったりする?
などとエイトが本来の要件からすっかり意識を逸らし、そうして現状に戻って来た時にはククールが買い物をしていた。
買い物。
物を――買ってくれた!?
(わーわー! わあああ! ありがとうククール! さすが美形はやることが素敵!)
一つだけでも充分だというのに、なんと大きな花束にしてくれという。
(凄いな。あんなに大きなやつ、誰に渡すんだろう。)
行きつけの酒場のお姉さんかな?
それとも、カジノのバニーさんかな?
色々なことを考えている間にも、特注品は出来ていく。
傍目から見ても大ぶりな花束を前に、エイトはわくわくとした面持ちで(説明は不要だが、顔は無表情だ)、少女の作業を、それを待つククールを見守る。
少し時間が掛かったが、ククールは文句ひとつ言わなかったし、少女は達成感でいっぱいの表情をしていて、その兄である少年もまた、妹の作品の出来を喜び、小さく拍手すらしていた。
幸せな空間がそこにあった。
(いいなあ、なんか癒される。……それもこれも、ククールがお客さんになってくれた御蔭だなー。)
感謝!と心の中でククールに向かって合わせていたエイトは、ふっと目の前に影が差したので視線を上げる。
あれっ? ククール、いつの間に――と思ったのも束の間。木机の境界をいつの間にか抜けたククールが目の前に立っていて、きょとんとしているエイトの片手を恭しくとり――微笑みかけた。
「――受け取ってくれるか、エイト。」
え?
ええ?
えええええ!?
エイトは仰天する。
性別はさておき、他者から花をもらうなどいつぶりだろうか。
自分が居ない時に、個人の机の上にいつの間にか置かれていたこととか――誰も名乗り出てくれなかったので怖かった。毒の有無をしっかり確かめてからようやく口に出来たのは三日目でした!
説明もそぞろに、強引に押しつけられて立ち去られたこととか――顔見知りならまだしも、全くに知らない人から理由も無く貰うのは怖いです!
などなど、色々な贈呈方法を受けてきたが、顔見知りどころか良く知っている相手から贈り物を貰うとは予想もせず。
しかも、美形からの花束贈呈だ。
いやいやいやいや! 気持ちは嬉しいけど、俺なんかにこんな綺麗な花束は勿体ないよ!
そう思ったので、エイトはなぜ自分宛なのかを訊ねた。相手との距離が近すぎる気がしたので、ついでに数歩後ろへ下がる。
ククールは、にっこり微笑んで贈呈理由を話してくれたが――。
「なんで俺が女神?」
「女神じゃないよ?だって男だし。」
「子供たちが泣いちゃったのは俺のせいだから、感謝されるいわれはないし、むしろ捕まる側だから!」
ククールの台詞一つ一つに心の中で突っ込みを入れて、受け取り拒否をどうにか試みてみたものの、相手は口説き上手な色男。口下手で鉄面皮の男などが、敵うわけもなく。
「いいから、受け取っとけ。」
ぐい、と胸に押し付けるようにして――力加減は絶妙で、潰れる程ではない――花束を手渡される。
母親の薬代だ、と言われたところで、「あっ」となる。
成程、敢えて大きな金額になるような注文をしたのはその為だったのか。
そして、大きな花束を作らせたはいいものの、「その後」のことも想定しておかなければならないのだ。――兄妹の切実な思いが込められたこの花たちが、確実に大切にされるような相手に渡してこそ、最良の慈善となる。
(……うん。帰ったら、花瓶に入れ替えて飾ろう。日当りのいい場所……、いや、ここはむしろ多くの人に見てもらえる場所のほうが……。)
胸が温かい。
(ククールがお客さんで来てくれて、俺にはできないカッコイイ注文の仕方をして、それでこの子たちと母親が助かって……。)
繋がる幸せの形。
他人事ながらも、なんだか幸せな気持ちになる。
俺も、ククールから幸せをもらったみたいだ――と考えたところで、腑に落ちるものがあった。
そうだ。貰ったんだ。厚意を。
エイトは、受け取った花束に視線を落とす。
目についたのは、ククールの外套に近い色をした赤い花。
お裾分けだ。
御礼も兼ねて。
後の行動は、無意識だった。ふわふわとした心地に包まれていたせいか、いつもより大胆な行動をとってしまったようだが――まあ、それもこれもククールのせいだから良いだろう。
そんなことを考えた己の図々しさに対し、思わず零れたのは微笑。
月下美人めいたその美を、当然ながら本人は知らない。
――分からないままに、ただ正面の相手――ククールだけを的確に魅了したことには、ついぞ気づかぬままに彼を見送る。
その側には、感謝の意を示して両手を振り続ける兄妹たちがいた。
この後、なぜだかじわじわと人が立ち寄りはじめ、そうして最後には「完売」となり目標を達成してこの物語は幸せに終着したのだった。