■イベントがあると書きやすい。
……かもしれない。
特に、ハロウィンが来る度に小話を書き落としている気がするようなしないような。
後はクリスマス時期。
そんなわけで、以下よりクク主小話。
お楽しみ頂ければ幸いです。
秋の夜長。
静かな夜。
少し開け放たれた窓の隙間から、妙なる虫の鳴き声が聞こえてくる。それと同時に、庭先に植わっている樹木に咲いた花の香りが風に乗って室内へ流れてきたところで、書きものをしていたエイトの手が止まった。
「お前、いつまでそうしている気だ。」
「んー? ……お前の仕事が終わるまで?」
なんで疑問形なんだ、とエイトは溜息を吐いた。
収穫祭が近いせいもあって、いつもより量の増えた書類の山を片付けていた夕暮れ時にソレはやって来た。
「エーイートー。トリックオア」
「――お前から見て隣にある棚の上から三段目、青い箱の中にあるから好きに食べて帰れ。」
「流石に追い出すの早過ぎねえ?」
常套句を言う間も無く、強制終了された戯れ。
わざわざ仮装してやって来た元マイエラの修道騎士は、相手のあまりの素っ気なさに苦笑を浮かべた。
この反応は、何も今が初めてではない――というか、この時期のエイトはいつもこうなのだ。誰も彼もが祭りで浮かれていて楽しんでいる日に、この兵士長殿はひとり黙々と書類を片付けている。
一度、誰かに手伝ってもらったらどうだと言ってみたのだが、きちんとノルマをクリアした部下にはしっかり休んでほしいし、部外者の手を借りるには機密的にまずいので無理らしい。
馬鹿真面目というか、融通が利かないというか。
――まあ、ククールもこの程度で引くわけがなく。
「それって結構かかるのか?」
「あー……そうだな。」
「そうか。」
ククールはそれ以上は訊かず、用意された菓子箱を手に取るとそのまま部屋に入ってきた。
「エイト。ちょっと寄って。」
「は? おい、仕事の邪魔をするなら――」
「邪魔はしねえって。な。ほら。」
ぐいぐいと寄って来て自分が座るスペースを要求してきたククールに、仕方ないなと少し左にずれてやったところ、相手は馬の背に乗るように椅子を跨ぎ、エイトの背後に腰を落ち着けた。
その不思議な行動にエイトは作業の手を止め、肩越しに振り返る。
「……何のつもりだ?」
「何って。菓子貰ったんで、トリートを。」
そう答えるなりエイトの胴に両腕を巻き付けると、ぎゅうと抱きしめた。首筋に顔を埋め、ふー、と息を吐く。
「どうだ?」
「何が。」
「こうやって抱きしめてもらうと、癒しの効果があるんだってよ。」
「……。」
「ここのところ、会う時間とれなかっただろ? この時期――っていうか、優秀な兵士長サマは忙しいから仕方ないんだけどさ。」
「……ごめん。」
「別に責めるわけじゃねえから謝んなって。……で、どうなんだよ?」
「え、あ、何?」
「癒されてんのかってハナシ。」
「ああ……。」
エイトが肩から力を抜いた。ペンを脇へ置き、書類束を片隅に押しやると天井を見上げるようにしながら上体を傾けていき、そのまま、ゆるりと背後のククールに凭れかかった。
目を閉じれば、背中越しに伝わってくる体温の心地よさを強く感じる。
「……癒されないわけないだろ、こんなの。」
「そっか。そりゃよかった。」
頭上で苦笑するククールの声は優しく、エイトは何だか申し訳なくなる。恋にうつつを抜かして仕事を疎かにするのは愚かなことだが、だからといって恋人を蔑ろにしていいわけがない。
「……失ってから気づいても遅いもんな。」
「んー? 何か言ったか、エイト。」
ぽそりと吐かれた言葉を聞き取ろうと抱き締める力を緩めたククールの隙を突くようにして、エイトが唐突に抱擁から抜けた。
僅かに身を離し、くるりと反転し、向かい合わせになるように座り直した上で、ククールの両肩を押さえるようにして椅子の背凭れに押し付ける。
突然のことに目を丸くして見上げるククールの前で、エイトが微笑む。
「トリックオアトリート。」
少し前に自分が口にした常套句を返され、ククールは戸惑う。
菓子なら、そこに――とエイトの背後、机の上に置かれた箱に視線を流せば、エイトが上体を動かして答えを遮った。
何で隠すんだ? と疑問に思ったところで、ふと閃くものがあった。
欲しいものは、いたずらか、お菓子か。
なるほど、これは。
肩に置かれたエイトの手を掴み返し、引き寄せ、ククールは答える。
「トリックのほうで。」
「ん。」
はにかむような笑みを浮かべて自ら口づけてきたエイトの後頭部に手を回し、髪に指を、舌に舌を絡めて抱き寄せる。
目の端には書類の小山。
箱いっぱいの焼菓子。
色々やることは残ってはいるが、まずは目の前の甘いものを頂くことにしよう。お互いに。
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このあと焼き菓子をつまみつつ、ベッドに寝る恋人の寝顔を一瞥しながら、兵士長サマはどこかすっきりした様子で仕事を片付けましたと。
[2回]
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