■レスポンスデザイン!
閲覧環境、スマホとPCではblogのデザインが変わることを失念しておりました。すみません!
blogで別記事として更新した旨を書けばよかったと後から気づきました!すみません!!
そんなやらかしの中で読み返して下さり、その上うれしい感想ありがとうございます!
読み応えのある長さ(と内容)の話が書けるよう精進したいと思いつつ、続きを書き落とし。
それは柔らかなレモンイエローのローブに身を包み、ひっそりと座っていた。白磁の小テーブルの上には、何冊かの書物。開かれたページをめくる白い手の艶めかしさ、その横顔の美しさはいつ何時見ても変わらない。
何も寄せ付けず、それでいて何もかもを惹きつける絶対な美がそこにあった。
人の理より外れて、それは――エイトは。
不意に、どこかをボウと見つめていた視線が動いた。そよ風が吹くかのように滑らかに頭が動いて流れた先には来訪者。
氷の瞳が、小さな影に留められた瞬間だけ和らぐ。
「トーポ」
その名を聞いた小柄な影が、表情を歪めた。それでも悲哀の色を湛えた瞳でエイトの眼差しを受け止めながら近づいて微笑む。
「おう、エイト。今日は何もなかったか」
すればエイトの目がゆっくり瞬き――再び氷の瞳に戻る。微笑は消えてそこにあるはしんと冷えた気配を纏う存在。
目を伏せるように頷き、答えた。「何も、ない」
「……そうか」
小柄な人影は祖父グルーノとして頷き、今日もエイトの微笑が維持できなかった自身を悔やむ。――答えを間違えた、と。
それはかつてエイト自身が経験して抱いたものと同じであることを、グルーノは知らない。
……知らないほうがいい。真白の領域、銀の檻で過ごしていたあの三年間のことは。
グルーノは話題を変えようと、明るい表情に切り替えて口を開く。
「おお、そうじゃエイト! 今日はこんなものを持ってきたぞ!」
明るく声を上げ、両手で差し出したのは大きなトレイ。その上には色とりどりの花と菓子とが盛られている。
鮮やかなそれは供物。女神に対しての。闇の気配を纏ったとはいえ、無害であるエイトは里の者たちには美しい存在でしかない。それと、その身を焦がす信仰としての。
「今日も、これだけ置いてあったぞ。いやはや、我が孫は本当にモテるのう!」
わはははは。
グルーノの空笑いが、しんとした空間に響く。
エイトは何の感情もない瞳で見つめていたが――やがて口元を微かに、本当に微かに持ち上げるとすっと片手を差し出した。
グルーノはそれを見て、ハッとする。
優しくもどこか悲しい目をした孫は確かに正気でいて、グルーノに反応してくれているのだ。――例え、一瞬ばかり小さな友の名を呼ぶとしても。
エイトはちゃんとグルーノの話を聞いている。
――ああ、表情に何も浮かべていなくても、エイトはいつもそうだった!
感情を表に出すのが苦手な、人付き合いがちょっとだけ不器用な、美しく愛しい孫。
なぜ自分はエイトの前で無理をしていたのだろう?
エイトは何も変わっていないのだ。……今は少し、闇色の気配が強いだけ。それから、少し疲れているだけ。――それだけ。
「うむ、どれか気に入ったものがあるか? どれがいい? 花か、それともやはり菓子か?」
グルーノはエイトが差し出している手に、あれこれと載せていく。とはいっても、人の手での受け取りは、せいぜい花と小さな菓子が三つだけではあったが。
エイトは受け取ったそれらを側のテーブルに置くと、グルーノを見つめて頷く。
「ありがとう……祖父殿」
変わらぬ氷の声。抑揚のない硬質な、けれどそこには確かな肉親への愛情がなかっただろうか。
「うむ。では、わしは用事があるからこれで失礼する。……いつも会う時間が短くてすまんな、エイト」
申し訳なさそうな顔をして告げたグルーノに、エイトは緩く首を横に振る。
グルーノは笑って背を向けた。目尻に浮かんだ涙を決して見せぬよう隠しつつ、言葉を続ける。
「……あとは――そうだな、いつものように竜神王様と談笑でもしておれ」
そう言った後で、隣の竜神王を一瞥する。
「……戯れは決してしませんよう」小声での嘆願。竜神王は苦笑する。
「分かった分かった。お前は毎回小うるさいな、グルーノ」
「大切な孫ですので」
「大切な」を実に強く強調しておいてから、グルーノはその場から去っていく。その背をじっと見つめるエイトはやはり無表情のままではいたが、小さな影が消えるまでは視線を外しはしなかった。
「あやつも心配性だな。……なあ、エイト?」
竜神王が笑い、エイトの隣に立つ。その肩に手を置くもエイトは視線を向けただけで肯定はしない。グルーノの消えた後を見やり、静かに呟いた。
「トーポはいつも、優しい」
「……あれは今やお前の祖父グルーノだろう」
「……」
エイトは答えない。
ひゅうと風が吹く。
微笑は氷が溶けるように消え、また闇の中。エイトは再び氷の中へ。止まる時間。
後はただ側に竜神王を侍らせて、読書の時間へと戻っていく。
◇ ◇ ◇
――このままだと、トモダチを失ってしまう。
三年目のある日、それはやって来た。
じわじわと身内に生じていた違和感、異変が、どうしようもなくなってきたある日のことだった。
元々、書物で調べてある程度の知識はあった。
自分が完全な人ではない「何か」であること。
幼少期から常々抱いてきた疑問。
数年後、エイトはトロデーンにて疑問を解決する。……見つけてしまったのだ。隠された書庫にあった、禁書の一つで。
焚書を免れた本は、なんでも知識を吸収する当時のエイトには格好の「獲物」だった。
孤独の中にいたエイトの唯一の趣味が、自らの謎を解くことになろうとは思いもよらず。
その時、トーポはいなかった。書庫の掃除は埃が舞うので、エイトは小さな友だちに自室で待ってもらっていたからだ。
そもそも、人と異種が交わった結果生まれた存在に関する話は昔から色々あったものだ。あくまでもおとぎ話として。
不都合なことが多かったのだろう。双方ともに知られたくないからこそ、公開されている情報はほとんどない。大抵は都合の悪いものとして隠蔽され、埋もれていくのが常だった。
人ならざるものが人を、人の世を、統治しないようにとの防衛手段だったのか。
全ては平和の為。
だからきっと、陰で間引きもあったかもしれない。人知れず。いや、何にも知らされることなく消された命として。
血の歴史。
それが人の世を支えているなど、誰が思おう?
エイトにとっては恐ろしい真実だった。
過ぎた好奇心が招いた不運。しかも、一つの真実を解き明かしてしまう。
――人と異種が交配して出来た存在は、どちらかとの繋がりを絶つと反対側へ傾く。
人が好きで(遠巻きにされるばかりではあったけれど)、人に興味があって(仲良くしようと近づくと逃げられるのが普通だった)、人のトモダチが欲しくて(トーポ以外には交流が持てなかった)、とにかく頑張っていたエイトの心に、大きな爆弾が生じた瞬間でもあった。
だから、エイトはなるべく自ら人との関わりを持とうとしていた。絶やさないようにしていた。
幾つもの会話術の書を読み、対人関係の書を読み、それぞれ錬磨を積み重ねて……さて、それらの習得に成功したかどうかは想像に任せる。
当然ながら、失敗はあった。
間違うこともあった。
けれどもたゆまぬ努力に天は答えたのか。
いつしか仲間が出来て話せるようになり、世界を闇に包もうとする悪神を倒してからは仲間の一人がトモダチになって。
トーポという小さな獣の友達以外の、初めて出来た人間の――同種族のトモダチが出来た。
……トモダチだと思っていた。あの瞬間までは。
エイトは、トモダチが――ククールが、いつも服の下に身に着けていたロザリオを放り投げるのを見る。
真白の世界。聖なる純白に囲まれた中で……そのトモダチに、酷い目に遭わされた。
エイトは当初、きっと自分が相手に何か嫌な事、もしくは逆鱗に触れることをしでかしてしまったのだろうと考えた。他に理由が思い当たらなかったのもあり、謝罪を口にしたり、相手の様子を窺って探りを入れてみることもした。
全ては失敗に終わり、傷が増えた。身体共に。
ククールは純粋な人間であったけれど、何故かエイトの身内に潜んだ天秤を平行に保つ存在にはなってくれなかった。
太陽のように明るく、気さくで、人好きのする笑顔の似合う男がエイトに与えるのはしかし温もりではなく。
感情を混乱させる快楽。
精神を蝕む冷たい行い。
何度も血が流れ、感情が零れていく度にエイトは自身がどんどん冷えていくのを実感して怯え、焦燥するようになる。
ククールに願いを告げ、懇願し、どうにか人との繋がりを保とうとしていたけれど叶わず、どんどん氷は積まれていった。
ククールから与えられる「熱」に、手足が、心が、凍っていく。
人の体温を感じなくなったのはいつからだろう。
エイトの意識は段々とぼんやりする。このままではダメだと強く自らを引き留めていたが、それもいつしか霧に包まれて――。
――気づけば、外にいた。
見慣れた場所にいて、見慣れた人物が自分の名を叫んで駆け寄ってくるのをエイトは見る。それは血縁者であり小さな友達でもあった。
「トーポ」
エイトはその日、銀色の髪をした美しいトモダチを失った。
[2回]
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