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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【クク主drago】たわむれかんきんぎんのおり 12+

■回って来た順番

やっとこさ「彼」の出番です。
狂乱して酒浸り、引きこもり、精神崩壊、錯乱、と。
色々考えたけれどもそれをやると引き際というか、取り返しのつかないことしかないので考え直しておりました。まあもうちょっと不安定なグラグラを愉しんでみましょうかという。

そんなこんなで続きです。
幸せはもはや遥か彼方。

感想ありがとうございます!
だいじょばない! どこまでもだいじょばない話が続きます!

※追記したときはタイトルに変化を入れることにしました。
(10/18 エイト視点を追記しました)







空の高い場所には、神様がいる。

それは、いつの間にか子供たちの間で語られていた噂。

――きょう、みたよ。やまのむこうにとんでった。
――まんまるいおつきさまのひに、おかのうえにいるんだって。
――おつきさまといっしょ。
――きらきらきれい。

小さな声で、ひそひそと。
囁きあい、それからちょっと笑って。目配せして、くすくす笑う。
子どもたちだけの秘密。特別なものとしての。

だから、「彼」は知らないままでいるはずだった――あの日、教会に立ち寄るまでは。


ふらり、と。
ゴーストを思わせる雰囲気を纏わせて、一人の男が教会に足を運んでいた。

目的は――ない。
なくなってしまった。
だから宛もなく彷徨い、気づけば教会にいたのだ。ドアが開いていたので。――教会は常に開かれているもの。迷える子羊の為に、大きく手を広げて。聖母がごとく。……女神を汚した男にすらも、平等であるかは知らないけれど。
男はすっかり気落ちした様子で、教会の隅の方にある長椅子に腰を下ろした。喪服のような黒い修道服に身を包み、肩を落とした格好で俯く。祈りを捧げるにはその姿勢と視線は低すぎた。
後ろで一つに束ねている銀色の髪が、教会のステンドグラスから注ぐ陽光を受けて鈍く輝いているが、男の様子は暗いまま。その目はどこを見ているまでもなく虚ろで、何だかひどく疲れているようにすら見えた。
神に仕えていたであろう信徒にしては、どうにも荒れている。
けれどその相貌や外見は整えられており、不潔さは全くない。
「誰か」が見つけやすいようにしているのかもしれなかった。誰かの為に。

そのまま、一人静かに俯いていれば、教会の入口がほんの少しだけ賑やかになった。礼拝の時間なのか、姿を見せたのは三、四人ほどの子供たち。ひそひそと潜めた声でおしゃべりをしながら、男の側を通り抜けていく。
――それは子供たちだけの噂話。

――きのう、みたよ。よぞらのむこうにきえてった。
――おほしさまみたいだったねえ。
――まっくろなのに、きれいだよね。
――ねがいのおかのほうにおりてったよ。

男の肩が、ぴくりと動く。ゆっくりと顔を上げると、ひそひそ話をしている音の方へ視線を向けた。子供たちは視線に気づかず、小さく笑いながら秘密の話を続けている。

――あかるいじかんに、みたことあるよ。きれいだった。
――あのね、まっくろいきれいなほうせきがあるんだって。
――しってるー。おとうさんにきいたら、おぶし? おぶしであん? っていうほうせきがあるんだっておしえてくれた。
――おぶしで? じゃあ、おぶしでのかみさま?
――おぶしであんのめがみさまー。

びくり、と。男が大きく肩を震わせて――思わず立ち上がっていた。子供たちを捕まえて問い詰めようとしたが、寸でのところで理性が勝った。接触に失敗して、情報源が絶たれては意味がないと考えて。さり気なく通路側へ移動して、子供たちの会話を盗み聞く。
とりとめのない話が続く。
急に脱線して違う話にもなった。
同じ話を繰り返してばかりのことも。
けれども、最終的には同じ言葉があった。

――願いの丘の頂上に、黒曜石の女神が降りてくる。

しかも決まって、月のある真夜中であること。ほかに誰もいないこと。……子供たちはどうやら許されているらしい。飴を貰った、お菓子をくれた、などときゃっきゃと喜ぶ話を聞く限りではどうやら「黒曜石の女神」とやらは子供が好きらしい。
男は――ククールはそこで、たった一人を思いつく。
むしろ、そのたった一人しか該当しないではないか。

子供たちはククールを余所に、礼拝堂の前まで進んでそこに置かれた長椅子に仲良く座る。
それから、それぞれ小さな手に小さなロザリオを持って祈りの姿勢を取り始めた。きっと神様か、もしくは黒い女神様とやらに祈るのだろう。願いは分からないが、小さくも温かいものだろう。
ククールは彼らから視線を剥がし、痛みを堪えるかのような顔を背けて教会を後にする。

真夜中。
月。
願いの丘の頂上。

忘れないよう心の中で何度も繰り返しながら、ククールはいつしか駆け出していた。
長い銀の髪が大きく揺れて、流星のようにたなびく。
瞬時に移動できる魔法の存在をすっかり忘れているのか、己の脚をただがむしゃらに動かして走る。走る。願いの丘へ、ただ向かって。

「エイト」
乱れる呼吸の中、掠れた声で名を呟く。

「エイト」
狂おしく歪んだ感情を宿したままのその瞳には、涙が滲んで横を流れていく。

「エイト」
ずっと探していた。手当たり次第。あちこちを。
まさか地上ではなく空にいたとは!
あまりのことに忘れていた。空にも帰る場所があったのだということを。

「エイト」
「エイト」
「エイト」
「エイト」
ククールの脳内を占めるのはあの日からずっとたった一人だけだった。
ほかには何も要らなかった。手に入れた宝物。美しいガラス細工のような――ああ、なのに扱いを誤ってしまった。
白い部屋に残されていたのは崩壊した残滓。
真白の聖灰と、砕けた鎖と、歪んだ檻、それから――キラキラした鱗のような黒曜石じみた欠片。

「――エイト!」

誰もいない草原の中に響く、獣の咆哮。
それは人ではなくどこか仲間を呼ぶ声にも似ていた。


◇  ◇  ◇


(あー……気持ちいいー……)
真夜中。人も獣もモンスターも寝静まっている時間帯に、エイトは天を流れていた。
夜の中、流れるようにして空を泳ぐ。その身を包んでいるのは夜を溶かしたような黒と青が混じるローブ。
……竜神王は絹の白い服を着せようとしてきたけれど、辞退させてもらった。なんだか気分が悪くなるので。胸がもやもやして、頭の中がぐるぐるするので。

(……トーポも誘えばよかったかなあ)
夜気に髪を撫でられつつ、エイトは星々を眺めて目を細める。
小さな友達。名前を呼ぶと少しだけ困ったような顔をするので、そういえばチーズをあげていなかったなとそこでいつも気づく。
だから、とっておきの極上チーズを持ってきて渡して――祖父殿が、泣き笑いの顔で受け取ってくれる。
トーポは。

祖父殿は、いつも、優しい。

(……考えが纏まらなくなってる)
自分は正気だと、思う。けれど何かが脳裏を過ぎると、途端にこんがらがってしまっていけない。
竜神王は言っていた。
「何も思い出さなくても支障はなかろうよ」
そう言って笑う竜神王の側では、祖父殿がちょっと苦い顔をしていたので「この二人はあまり仲が良くないのかな?」と思った。
仲良くしないと駄目だよ、と。
そんなことを言いながら二人の手をとって握手してみせれば、二人は目を丸くして驚いてくれたものだ。
仲直りはしておいた方が良い。
だって、そうしないと。

そうじゃないと。

トモダチがトモダチでなくなってしまう、から。

(……トーポは側にいる)
小さな友達。きちんと謝れば――何故か「お前は何も悪くない」と言って――仲直りしてくれる、大切な友達。
冷たい風が心地いい。
空に浮かぶ星は綺麗で、月は丸いオーブのようで、空を流れていると自分もその中の一つのように感じるこの瞬間が最近は一番のお気に入り。

くるくると回り、ゆらゆら揺れて。
踊りなんてものは、昔モンスターの誘いにつられて踊ったっきりだから何だか楽しい。

……そういえば、誰かに手を取られてダンスのステップを踏んだことがあるような……?

(……ぐるぐるする)
眩暈に似た不快感。なので、それ以上は考えないようにした。
記憶の片隅に押し込めて、ぎゅっとフタをする。この記憶は要らないものだ。多分、きっと。
意識を逸らす為に周囲に視線を投げれば、どこまでも美しい夜空があって、地上に目を向ければ火のように輝く赤い葉を茂らせた木を見つける。
金赤の道しるべ。夜道を歩く時に先頭に立たせれば迷わずにすむな、と笑って――。

(ぎんいろ)

エイトはまた眩暈を覚えて、ふらりとする。一度、地上に降りたほうがいいかもしれないと考え、いつもの場所――願いの丘の頂上を目指す。
月。星。夜空。自然に触れて、空気を吸い込んで、味わうのは解放感。遠かった空はいまこんなにも近く、息苦しかったこの身はどこまでも行ける。
今日は子供たちはいないのだろうか、と地上の緑に視線を落とすも小さな影は見えない。さすがに連日の夜更かしは厳しいのか。
エイトは懐に手を当てて、そこにある包みに意識を寄せる。
そこにあるのは、毎日竜人の里で供される花や果物や菓子といった様々な品の余りもの。けれど、なるべく喜んでもらえるように選別しているから、今日も笑って受け取ってくれると良いなと思っていたエイトはちょっとばかり残念に思う。

(子供たちがいなかったら、自分で消費するしかないか)

当初は、教会か孤児院にでも寄付する予定だった。
手紙をつければどうにかなるのではないか? と考えて。
しかしエイトが出した案は、祖父であるグルーノに却下される。曰く――あまり地上と繋がらないほうがいい。
エイトは首を傾げる。――なぜ?
グルーノは答えた。――竜人の里の者たちは、人をあまり良く思っていない。お前が地上に触れて、人間が里へ興味を示してしまうのはあまり良くない、と。

――それに。
グルーノはそこで一度言葉を切り、エイトを真正面から見据えて言った。
――お前は目立つから、あまり人の世界に行かない方が良い。
まあ、地上から里へ繋がる道は塞いでしまったから問題はないんだがのう、と。
そう付け加えてグルーノはエイトの頭を優しく撫でると、里の者に呼ばれてその場から立ち去った。

後に残されたエイトは、考える。
地上に行かないほうがいいと言われた。
けれど、広い世界を見てみたいとエイトは思っていた。ずっと願っていた。いつからなのかは分からないけれど。
エイトは考えた。
目立たなければいいのだと。
地上に行く時は夜の時間帯にして、夜の色に近い服を着ることで問題はなくなるだろうと考えた結果が今になる。
気が向けば、ふらりと里を抜け出して地上の空を飛んだ。
里には竜神王の結界が張られていたが、当然ながらエイトはあっさり擦り抜ける。全てを溶かして解く黒の闇によって。
本人は無自覚にそれを行い――溶けた結界は自動で修復される――ゆえに、誰もが見逃していた。見て見ぬふりをした。止められないことは分かっていたので。

なにせこの黒き女神は、竜神王より与えられた刻印を何度も外している。柳眉を顰めて刻印を噛み破り、地へ吐き捨てたのは幾度にも上る。
竜神王は遂に根負けし、それでも最低限の小さな竜刻印をつけるのを条件に外出を許すという約束を取り付けることで妥協した。
こうも「神」を喰い破られては堪らん。
苦笑して譲歩を見せた相手は後にも先にもエイトだけだろう。
神をも恐れぬ闇の女神。

(……やっぱり子供たちはいないか)
願いの丘の頂上に、ふわりと降り立つ。背中に一対の黒い闇を引き連れて。
それは、そよ風が流れるがごとく静かに夜の中に溶けて消える。ほう、と溜め息めいた声がどこかから聞こえた。木に止まる夜啼き鳥がどこかにいたのかもしれない。
エイトは天を、夜の中に浮かぶ月を見上げて、微笑を浮かべる。
懐から菓子の包みを取り出して口を縛るリボンに手を掛けたところで、近くの茂みがガサリと揺れた。

音のしたほうへ流れる黒曜石の視線。

見つけたのは自分と同色の服を身に着けた、星を思わせる綺麗な銀色。

ぎんいろの、きれいなにんげんが、ひとり。

それは何故か名を呼んだ。「エイト……!」
泣きそうな顔をして笑うその顔はやはり綺麗で、エイトはつられて僅かに微笑む。

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