■こんな話を。
だいたい毎年思いついている気がします。
そして内容もだいたい同じという円環無限。
引き出しが少ないのかもしれないと思いつつ、ハロウィンクク主drago版。
宜しければ以下より続きをどうぞ!
本来はもたらされる実りに感謝し、平穏と安息を祝う祭りではあるが、その日は誰もが子供のように浮かれ、子供以上に騒いで夜を明かす。
菓子をねだる子供たち。
大人は絶妙な色をした酒を飲み、回る酔いに任せて踊る。
収穫祭にかこつけての乱痴気騒ぎ。
少々の羽目を外すくらいは許される。
そう。
少しだけならきっと、彼の女神に触れても許される――かも、しれない。
櫛で梳かずとも、それは指の間を実に滑らかに通り抜けていく。
(……これで兵士だっていうんだからなあ。)
絹糸のような柔らかな髪を手櫛で束ねつつ、ククールは内心で溜息を吐いた。
髪の毛の持ち主はククールに背を向けているので、どんな表情をしているかは窺えない。
けれど、髪に触れる度にその肩が微かにぴくりと反応するのを見る限りでは、何も感じていないわけでは無いようだ。
きっかけは、何だったか。
買い出しに訪れた村の店先で、たまたま二人の人間が「今年もゴルドで例の祭をやるらしい」と話しているのを耳にした。
ああ、そういやもうそんな季節か、と。
ククールは関心薄く聞き流してそのまま横を通り過ぎたが、ふと隣にあった気配が消えたことに気づいて足を止めれば、少し後ろでエイトが立ち止まっている。
どうかしたのか?と近づいて声を掛ければ、相手はいつもの無表情で、「例の祭りとは何だ」と抑揚のない、けれど艶のある低音で問うてきた。
その感情の読めない深い黒瞳を真っ直ぐに向け、僅かに首を傾げて訊ねる姿はどこか子供のようで、ククールはどぎまぎしつつも、例の祭りとやらを教えてやった。
ゴルドでは毎年、寄付金を集める名目で収穫祭という名の行事があること。
菓子や酒をふるまい、扮装をして騒ぐトンチキな祭りだ、と端的に。
当然ながらエイトはその説明に納得がいかなかったようで、
「菓子と酒はともかく、扮装が収穫祭と何の関係があるんだ」と更に問うてきた。
説明が面倒くさかったのもあるが、特に急いではいなかったので、ククールは答えを返す代わりに提案する。
「気になるなら、ちょっと見に行ってみるか?」
宿に荷物を一時的に預けたその足で、ルーラを唱えてゴルドへ向かった。
◇ ◇ ◇
いつもならば敬虔な巡礼者の静かな祈りと抹香漂う雰囲気のあるゴルドだが、その日だけは色々なものが解禁でもされるのか、浮かれる人と宴の熱気で賑わっていた。
(おーおー。やってるやってる。)
ククールは最初、祭りをちょっと離れた場所から眺めつつ、軽く店先を回って終わりにする予定だった。
しかし、隣に並ぶ青年が、いつも漂わせているその氷の気配を潜め、周囲を物珍しそうに見つめている(ような気がした)ので、その氷をもっと溶かしてみたくなった。
しかしながら、相手は氷の女神。
このような賑やかしすぎるものに参加するだろうか?
さてどう誘ってみようかと逡巡しながら視線を流した先で目についた看板が、ククールの背を押すことになる。
『衣装 貸します』
「なあエイト。少し羽目を外してみないか?」
冷たい眼差しと答えが返されるかと身構えていたククールはしかし、無表情ながらもこくりと子供のように頷いたエイトの反応を見て心の中でヨシ!と拳を握った。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで店で手続きをとり、衣装を受け取って試着室で着替えを済ませた。
けれど、衣装は選べなかった。
何事も平等に、という理由でくじ引き制だったのだ。
ククールが引いたのは、黒い帽子とマントのセットだったので、ドラキュラかと喜び――最後に渡されたホウキを見て、天を仰ぐ羽目になった。
「オイオイ、魔女かよ……。」
愚痴を吐き吐き、それでも仕方なしに着替えたのはエイト側の扮装が見たかったのもある。
ホウキは邪魔になるので置いておき、試着室から出て待ち合わせ場所にした店の入り口に向かった。
人混みで賑わい、騒々しいだろう屋外で待つ、女神の元へ。
エイトは、出入り口から少し離れた屋根先の下にいた。
両腕を胸の前で組み、俯き加減で柱に凭れている。
一人静かに、ただそうしているだけなのに――その一帯だけ、違う世界があった。
彼の周りに喧騒はない。熱気も無い。
ミイラ男に変装している男も、一角ウサギの耳をつけている女も、一つ目小僧の格好をしている子供も、誰もかれもが祭りを余所に、エイトを見つめていた。
エイトには、獣の耳と尾があった。
よもや、猫……ではないだろう。
貸出前に見せられた衣装の一覧表を思い出し、脳内で照合する。
(あれって、オオカミ男……だよな?)
一見するとファンシーでもあり、メルヘンチックな格好である。
だが可愛らしいという表現は出ない。冷たく整った――整い過ぎた美貌が、それを打ち消しているからだ。
現に誰もエイトを見て笑っていない。
視線は離せず。話せず。
誰もかれもが眼も意識も囚われている。
それは偏に、エイトの持つ美貌のせいだ。
けれど近づけず。近寄りがたく。
誰もがみな遠巻きに眺めるばかり。
それは主に、エイトの纏う氷めいた気配のせいだ。
氷の女神。
いや今は孤高の狼、というべきか。
当人はというと、衆目など気にもしないでその場に佇んでいる。
ククールは一瞬、迷った。
声を掛けて良いものか、と。
けれども、自分はあの距離から遠巻きにしているしかない者たちとは違う――筈だ。
意を決したように足を進め、妙な空白地帯があるそこへ近づいた。
「悪い。待たせたな。」
そう声を掛けて目の前に立ったところで、周囲の硬直が解けて周囲に賑わいが戻った。
人々が動き出し、エイトが俯けていた顔を上げた。
「いや。そう待っては――」
そこでエイトの言葉が止まる。視線も。
ククールを上から下まで見た後、首をひと傾げ。
「それ、は……魔女、か。」
「え? あ、ああ。くじ引きだから、こういうことも、な。」
ククールは急に照れくさくなり、頬を掻く。
「ま、まあ俺のハズレはいいじゃねえか。それよりもエイト、お前はそれ――」
「……、だろう。」
「……ん?」
「俺の方が、ハズレ……だろう。」
エイトが視線を逸らし、ぽつりと言った。どこか気落ちしたような面持ちで。
今度はククールが首を傾げる。
「何でハズレなんだよ。俺は、カッコいい……と、思うぜ。」
「……世辞は、必要ない。」
「いやお世辞じゃねえって。魔女よりはマシだろ、オオカミ男。」
「……、……オオカミ?」
落ち込んだようなエイトの声に覇気が戻る。
「俺のは、オオカミなのか。」
「あ? そうだろ。お前、一覧表覚えてねえのか?」
「……猫、ではないのか。」
「ネコのモンスターの衣装なんて、ぷりずにゃん系の着ぐるみしか無かっただろ。」
ククールは何だかちょっとおかしくなって、エイトの首に腕を回して距離を詰める。
「何だよ、兵士だからネコミミつけるのは嫌だって?」
「……いや。皆が、俺を遠巻きにしていた、から……」そこでエイトが目を伏せ、囁くような声音で言う。
「……俺の格好は、醜悪なのか、と。」
「……。醜悪って。あのなあ――」
どの面(美貌)を下げてそんなことを言いやがんだお前は、と言いかけたものの、そこでエイトがその黒瞳で――潤んでいるように見えるのは気のせいか!?――じっと見つめてきたものだから、言葉は詰まり、飲み込み、別の答えを返した。
「お前はいちいち悩み過ぎるんだよ。人の目なんか気にするな。俺もお前も、今日は一緒の格好なんだ。せいぜい、祭りを愉しもうぜ。」
「一緒……俺と……ククールが?」
「お。何だ、俺と一緒じゃ不満か? こんな美形捕まえて、不満があるか?」
「……。」
すれば再びエイトが目を伏せ、黙り込む。
なあ女神様。
冷たい言葉なんか返さないでくれよ。
俺は他の奴らとは違うだろう?
お前にこうして近づけるんだ。
だから、俺だけは違うって思わせてくれよ。
緊張しながらエイトの肩を抱いたまま、反応を待つ。
やがてエイトが顔を上げて――ふわりと微笑う。
「不満など、ある筈がない。」
「……そっか。――よし、じゃあ祭りを回るか!」
ククールは、自分が子供のように、いや子供以上に浮足立つのを感じながら、笑い声と祭囃子の聞こえる雑踏の中へエイトと共に歩いて行った。
――その後、羽目を外しすぎて酒を飲み過ぎ、朝帰りとなったククールを待っていたのは鞭を手に微笑むリーザス村の少女だった。
ちなみにエイトは当然ながら(?)特に罰も無く、ただトロデ王に「朝帰りになる時は連絡を忘れてくれるな」と少々の小言を頂いただけで済んだという。
そんな、ある日の出来事。
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