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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【クク主drago】欲を望みし愚者の愛

■滑り込みクク主の日!

まあちっとも纏まらなくて間に合わなかったわけですが。これも返信を溜めている報い。
返信御礼は必ず致しますので、いま少しお待ち下されば有難く思います。負担ではないので!


そんなこんなで書いた当作。
当初は千文字ちょっとにしかならなかったので流石に酷いと思い、あれやこれやと足し引きしつつしてたら、こうなりましたという小話です。
間に合わなかったクク主ではありますが、少しでも楽しんで頂ければ嬉しい限りです。
続きは以下よりご覧ください。








「ククール」
艶のある低音が、名前をなぞる。

「ククール」
甘やかな響きで名を呼ばれ、導かれるようにして歩いたその先にいたのは想像通りの声の主。
目元に掛かる長めの前髪の向こう、隙間から覗く闇色の黒瞳はしかしいつもの冷たさは無く、それどころか実に無防備な甘さを宿してこちらを見つめている。

「ククール」
誘うように目の前に差し出された、しなやかな手。
目の前にはいつの間にか相手がいて、こちらの戸惑う眼差しに返されたは微笑。
柔らかそうな紅色の唇が、音なく言葉を模り動く。

――『悦いことをしよう』

それは都合のいい幻聴か、それとも相手は別の言葉を口にしたのか。
真実は解らない。ただ衝動的なものが込み上げ――合わせて沸き上がったものは、汚らしい欲望。
冷たく整った美貌に珍しく浮かんでいる微笑に違和感を覚えたが、火のついた本能はそう簡単に止まりはしない。誘うように伸ばされた手を掴み返し、相手を自らの下に引き倒した。
そうして圧し掛かれば、正に獣が如く。
「随分と挑発的だな、女神様?」
見下ろして問い掛ければ、相手はやはり静かな微笑を浮かべ――それは薄氷の上に立つ危うい姿に似て――何も答えず、ククールを見つめるばかり。
依然として、相手はその美しい微笑を崩さず沈黙している。
答えは返されない。

ならば、その身を暴けば解るのだろうか。

「お前が答えてくれないなら、俺は体に訊くしかないんだけどな?」
少しの脅しと僅かな期待を乗せて、低く囁けば相手は目を細めて唇を吊り上げる。『やってみろ』とでもいうように。
言葉なく誘われるがまま、先ずは左手で首元に触れてみる。そのまま鎖骨の形をなぞりあげるように指先を滑らせれば、相手がくっくと喉奥で笑う声を聞く。
愉しんでいる?
高潔たる女神はいま己が身を無防備に曝け出し、ククールの行為を受け止めている。
「抵抗しないのか? お前が何もしないなら、俺はこのまま突き進んじまうぜ――エイト?」
名を呼び、顔を近づけたその時だった。

「ククール」

それは目の前からではなく、背後から聞こえた。
「えっ……?」
上体を起こして声のしたほうを振り向けば、そこに居たのは――。


◇  ◇  ◇


「――エイト?」
静かな水を湛えた器の如く、何の気配も無く佇む美しい男が一人。
それは自分がたったいま押し倒しているだろう筈の相手で――?
「なんで、お前――お前たち?」
前へ後ろへ。二人のエイトに目まぐるしく視線を送った後、ククールは弾かれた様に圧し掛かっていたほうのエイトから離れる。勿論、背後のエイトにも近寄らない。二人から距離を置くようにして後退ると、右と左に分かれて立っているエイトを見て困惑した表情になった。

「どっちがエイトだ?」
すれば押し倒していたほうのエイトが身を起こし、薄い微笑を浮かべると自分の胸に手を当てて言う。
「俺だ。分かるだろう?」
ククールはしかしそれには答えず、後から現れたエイトに視線を向けてそちらにも問う。
「……お前は?」
するとそのエイトは無表情のままに少し首を傾げ、静かな声で応じた。
「エイト」
紡いだのは自らの名前だけ。
表情も変わらぬ氷のままでククールには訊かず、短く答えた後は何も答えず。
ククールがそちらの無表情なエイトを凝視していれば、反対側から声がした。

「なあ……続きをしないのか?」
ククールは、右のエイトが甘えるような声で語りながら自らの襟元に手を掛けて、紐をゆるりと解くのを見る。その妖しい雰囲気は、浮かべる薄い微笑と相まって妙な色気を醸し出していた。
鮮やかな紅色の唇が三日月の形を作り、ククールに嫣然と微笑みかける。
「ほら……こちらへ来い、ククール。」
低い声からの甘い誘惑。ぞくりとする美貌と媚態に、ククールは思わず唾を飲む。
そこへ――氷の声が差し込む。

「ククール」
それは、ただ名を呼んだだけだった。だがククールはハッとしたように左を見た。
そのエイトは何の感情も浮かべておらず、手も差し伸べてはいない。
微笑も無い。声は抑揚のない無機質なもので、煽り立てるような媚態も甘えるような声も何もない。
――だというのに、目が、意識が離せない。
掴み上げられている。心臓を。
冷たい眼差し、冷たい声。誰も寄せ付けない気配を纏ったそれは、ククールを見据えて口を開く。

「お前が選ぶ答えだ。……望むものをとるがいい。」
不可解めいた言葉は謎ばかりしかなくククールを戸惑わせる。けれども、その足は無意識に左のエイトの方へと向かっていた。知らず、惹かれるようにして――まるでそれが正しい答えだとでもいうように。

「エイト。……お前だな?」
苦い笑いを浮かべながら自ら相手の手を取れば、その左のエイトは冷たい双眸を細め――それから広がるは絶佳の笑み。
「ああ……帰ろう。」
その言葉を聞いた瞬間、ククールは眩暈を覚えて目を閉じる。
意識を失う間際、誰かの声が聞こえた。

「あーあ。ざあんねん。いけると思ったんだけどなー。」
「諦めろ。これはお前のものにはならない。――俺が護る故。」
「ちぇっ。つまんないのー。……さよなら、綺麗で怖いおにーさん。」
「……。」
くすくす笑う子供の声を聞いた気がしたが、ククールの意識は靄の中へ――。


◇  ◇  ◇


「……目を覚ましたか。」
「……? ……マル、チェロ? ……俺、は――?」
上体を起こしたククールが目にしたのは、いつもと変わらぬ顰め面をした兄上様。眉間に皺を寄せたマルチェロがベッドの側に立っていて、気難しい顔でククールを見下ろしていた。
「気分は?」と問われ、首を振れば「そうか。」と返事。
それから沈黙が流れたのは数十秒ほど。重く長い溜め息を吐いたのち、マルチェロがククールに語りはじめる。

リブルアーチで発生した不可解な失踪事件。単独調査に出掛けた副団長であったが、しかしその連絡も途絶えた為に団長自らが足を運んでみれば、見つけたのは宿にて昏睡状態に陥った当人――ククールだった。
「昏睡、って……何が」と質問を投げかけたククールの言葉を遮るようにしてマルチェロが言葉を重ねる。
「お前、絵を見ただろう。」
「え?」
「……絵画だ。呪いの絵を見つけたんだろう。」
「あー……? ……ああ!」
思い出した!とばかりにククールが両手を叩いた。
犯人の見当がまるで掴めない、迷宮入りになりかけた失踪事件。証拠は何もなかったが、それでも人々から話を聞き、状況を調べ、調べて辿り着いたのが貸家になった家にぽつんと残されていた一枚の絵だった。
『我が望む愛』――それが呪いの絵の名前。

血の色をした絵具で歪な心臓が描かれていたそれを眺めていたところ、不意に名を呼ばれた気がしたので顔を上げた……までが最後の記憶。
「あとは……ダメだ。覚えてねぇ。」
「だろうな。昏倒しているお前を屋敷のベッドに運ぶのは骨が折れた。」
「……あんたが?」
「俺と、あいつとで、だ。」
「そっか……。……エイトは?」
「呪いを封じる布で包み、処分してもらうためにゴルドの教会に行っている。二重の女神の下ならば、もはや悪さも出来まい。」
「そっか……。」
はーっ、と溜息を吐いて前髪をかき上げるククールに、マルチェロが言う。
「それで?」
「ん?」
「悪夢の中に居たんだろう? 戻って来た生存者によると、アレはそういう絵らしい。甘い夢を見せて閉じ込め、そのまま衰弱死させるらしい。」
「悪夢……」
――悪い夢では無かった、と思う。
けれども、甘い夢でもなかった。甘くはない。あんな見せかけの紛い物は、むしろ毒にしかならない。
エイトは媚びたりしない。
美しく高潔な男。媚態の欠片も無い氷の眼差しでこちらを捕え、感情のない氷の声が紡いだ飾らぬ言葉で一気に引っ張ってくれた。
迷える銀の羊はそうして氷の女神が元へ。

「俺は……迷った。……血迷いかけたんだ、マルチェロ。」
「だが道を外れず戻って来た。だろう?」
「……ああ。でも――」
「――お前はお前の意思で戻って来た。アイツの声が聞こえただろう?」
「え。声って……あ!? あれ本物だったのかよ!?」
「あいつはお前の側に付き添い、お前の手を握って呼びかけていた。……三日三晩、お前が目を覚ますまで。」
「そんなに? な――」
「――何故、などと俺に訊くなよ。理由は本人の口から聞け。」
「……分かった。」
「俺は――私は仕事に戻るぞ。大人しく静養しているんだな、副団長。」
そう言って、さっさと部屋から出て行ったマルチェロを視線で見送り、ククールは再び仰向けにベッドに倒れた。
天井を見上げて、考える。
取り込まれていた間に見た『悪夢』のことを。
あのまま偽物を抱いていたら、どうなっていた?
恐らく、願った獲物を望むままに食らっていれば、眠るように死んでいただろう。――だからこそ『悪夢』だと表現されるのだ
「……そうか。俺を呼んでくれていたのか、あいつは」
真実のエイトを思い出す。
氷の声、氷の美貌。
偽物と比べるとちっとも甘くはなかったが、選択肢を掴み取らせてくれたあれは実に優しく甘い応えだったと思う。あの瞬間、見えざる手は確かに差し伸べられていた。

「あの女神様の愛に気づけるのは俺たちくらいだよな、きっと。」
紛い物には解らないだろう。事実、真似出来なかったじゃないか。
あの偽のエイトは、出来損ないの愛しか見せなかった。こちらが今まで通り抜けて来た薄っぺらの愛。ああ、だからこそ違和感を覚えたのだ。本能は最初から気づいていたのだろう。
それでも、今回のことでは幾らか迷惑をかけてしまった。

「あいつが帰って来たら、謝っとくか。」
その後は抱き着いておこう。そうして常に感覚を確かめておけば、きっともう惑うことも無いだろうから。


我が愛は女神の元に。
騙ることを許さず。語ることも無く。

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