■あけましておめでとうございます
昨年度は感想や反応などを送って下さいまして、誠にありがとうございました。
今年も不定期ではありますが、ゆるりとお付き合い下されば最上に思います。
年越しマイエラ兄弟+drago主
即興書き落としにて短いものではありますが、宜しければどうぞ。
(※追記:案の定、脱字などがあったので一部修正しました)
暗い空の向こう。遠くに輝く星を見ていた。三人で。
一人を中央に置き、その左右を挟む格好で横に並んだそれはいつの間にか馴染みとなった形。
都合が合わず時折二人になることがあるものの、結局は元に戻ることが多い。
それは自然の摂理に似ていた。
欠けた月は満ちるものとして。
初めて目にするわけでもないのに、肩を並べて空を見る。
夜の静寂。共に過ごす時間。――兄弟たちはそうして女神を共有する。密やかに。時間が許す限り。許される限り。
ふうっと。
目の前を白い吐息が流れた。
それを合図にするかのように、会話が始まる。
「今日は晴れていてよかったな。お蔭で、星がいつも以上に良く見える」
右側、艶やかな低音が夜気に滑る。
「そうだな、月もまん丸で綺麗な夜だ」
続いたのは左側、響きの良い声が応えて笑う。
その中央――真ん中からはしかし、音が続かない。言葉を知らぬわけでもないだろうに、ただ黙って夜空を見つめるばかり。
その横顔は冷たく、何の感情も浮かんではいない。しかしながら、相貌は彫刻かと思わせるほどに整っており、夜と同じ冷たい美を纏っている姿には目を離せない魅力があった。
その美貌を恐れ、近寄り難く思っていたのも昔のこと。
ああ、すっかり遠い過去になってしまった。
今はこうして肩を並べることが出来ている。
触れることすら躊躇っていたあの感情はどこへ行ったのか。
「お前も何か言ったらどうだ、エイト」
会話に参加せぬ女神にとうとう諌めの言葉を投げたのは右側の男。黒髪を後ろへ撫でつけ、じろりと睨む。
「おいおい、別に無理に喋らせることはないだろ。こいつだって浸りたい時があるんだろうし」
そう言ってすぐさま女神を庇ったのは、左の男。銀の髪を揺らし、肩を持つ。比喩ではなく言葉通りに肩に腕を回し、ついでとばかりに凭れかかる。
「お前も、そうやってどさくさに紛れてソイツに甘えるのは止せ、見っとも無い」
「見っとも無くて結構。コイツは特に気にしちゃいねえよ。なあ、そうだよな――エイト?」
口調は飄々と、けれどもその声は自信なく不安そうでいて。
黒髪の男は――マルチェロはやれやれと息を吐くと、今だ黙しているエイトに凭れてかかって答えを促す。
「おい。いい加減に、返事くらいはしろ。でないと、そこの子供が泣きかねん」
「ばっ、……誰が子供だ! 泣くわけないだろ、こんなことで!」
「……――夜、に」
始まりかけた兄弟喧嘩を止めたのは、囁きに似た低音の声。
二人はすぐに言い争うのを止めると、真ん中に凭れかかったまま視線だけを向ける。
そうして続きを待つことしばし。
短いのか長いのか分からぬ空白が過ぎた後に、やっと続きが紡がれる。
「俺は、こうした夜に……二人が側にあるのが、嬉しく、て」
普段から口数の少ないエイトは、元々、人と話すのが得意ではない。それでも、この時間は――三人で居る時だけは、抱いた思いを形にする努力を見せる。
「何を、話せばいいのか……分からない。紡ぐ言葉が、なかなか、見つけられなくて」
そこで僅かに俯き――首を振る様な素振りを見せたがそれも一瞬――やがて顔を上げると、月を見ながら言った。
「それでも、この時間が好き、だから……、――すまない。上手く、話せない」
無機質だがどこか落ち込んだ声で淡々と語ったエイトに、左右の男は顔を見合わせ――視線を交わして――やがて、笑った。
「お前がすこぶる口舌の徒であれば、この世はとっくにお前のものとなっているだろうな、エイト」
「あのな、エイト。別におしゃべりでなくてもいいんだよ。ただな、相槌くらいは打てって話」
「相槌、を」
「そう。無反応だと無視されてるみたいで、空しくなるんだよ」
「……それ、は……すまなかった」
「謝罪はいらん。以後、気をつけろというだけだ」
マルチェロが説教口調でそう言い、エイトの肩に寄りかかったまま浮かべた笑みは寛大なる大人のもの。
「そうそう。気をつけてくれよな、ほんと」
拗ねるように、からかうように。エイトの肩に回していた腕をこちらはするりと解き、姿勢を正した――かと思えば不意に飛び込み倒れたは膝の上。枕にして。相手を見上げ、温かな笑みと言葉を投げてやるその姿勢は年上さながらの気遣いから。
エイトは左右の温もりに触れ、戸惑うように押し黙っていたがやがて言葉を見つけたのかゆっくり頷く。
「留意、する。……ありがとう、マルチェロ。ククール」
ぎこちなくも礼を述べ、そうして冷徹な氷花を砕く。喜びからの微笑にて。
二人がそれぞれにエイトの手をとり、己の手をそこに重ねて握りしめる。
「もう少ししたら戻るぞ。さすがに、これ以上は体を冷やし過ぎる」
「まあ、そうなるよな。……雪も降って来たことだし?」
ちらちらと花びらのように落ちてきた白い雪を見てククールが苦笑する。
室内とはいえ、星を見る為に窓際に座っているのだ。ガラス越しに通り抜けてきた夜気の冷えること、寒いこと。
「それならば、お前たちは先に――」
「戻るわけが無かろう、阿呆」
「戻る時はお前も一緒なんだよ、この馬鹿」
ぺちり、ぺちりと。
エイトの手の甲を、もう片方の手で軽く叩いて叱るは兄弟たち。エイトは首を傾げるものの、答えが見つからなかったようで、無言でそれを眺めたのみ。
痛みは無かった。胸の奥を、甘やかなものが通り抜けた気はしたが。
エイトは自分に凭れて寄りかかる二人を無言で眺めていたが、やがて自分のほうから少しだけ手を握り返して――はにかみに似た笑みを零す。
「ああ。戻る時は、共に」
その約束は果たされる。そう遅くも無い時間が経った頃に。
三人揃って寝室へ戻り、そしていつものように並んで眠るのだ。
今宵の月はここまで。
明日の太陽はもうそこに。
おやすみなさい。
また明日。
変わらぬ日常は、いつもここに。
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