■とりあえず調子に乗る
反応と感想がとにかく嬉しくて転がった結果、長引くことに。
勢いで書いているので稚拙極まりないのですが、感謝のお礼も込めて。
もう直ぐ1123(良い兄さん)なのでその辺りまで引っ張っていけたらいいなあと思います。
そうすればマルだけでなくククも格好いいお兄さんぶりを発揮できるかも。
しれないししないかもしれない。
そんな小話ではありますが、宜しければお付き合い下さい。
以下、続き。
「あー神様ってのは不公平だよなあ、エイト?」
ゴツッと音を立ててカウンターの縁にグラスを置いた男は、そう言って左の青年を肘で小突いた。
青年は――エイトはただ静かに「そうだな」とだけ答えると、男のグラスを手にして店主の方へそっと置き直す。
それは男の不注意によってグラスが落下するのを防ぐための行動だったが、すっかり酔いが回った男には届かぬ気遣いだった。
男は顔を顰めると、上体をぶつけるようにしてエイトに強く寄りかかる。
「役職はお前の方が上だろうが、年齢的には俺の方が先輩なんだぜ。敬え。」
絡み酒。理性のない酔っ払いなど、迷惑以外の何物でもない。
エイトの右側にはハラハラしている同僚がいて、対応を迷っている。下手に手を出して騒ぎを大きくするのもマズいと考えて。
エイトはそんな彼に一瞥の眼差しを向け――「大丈夫だ」とでもいうように頷くと、店主に目配せする。
カウンタ―の内側。店主はエイトの視線を読み取ると、頷きを返して目の前にそっとグラスを置いた。
中身は透明な水。エイトは目礼し、泥酔している部下――「先輩」である男の肩を支えて話しかける。
「酔いが強い。水を。」
だが先輩兵士は更に顔を歪め、ケッと短く舌打ちして悪態をつく。
「おーおー。へいしちょーになったエイトくんは相変わらず生真面目ですネー。……こんなものより、酒だ。飲み足りねえー。」
グラスを持つエイトの手を鬱陶しそうに押しのけ、次に男が絡むのはエイトの右側の傍観者。エイトとカウンターの間に割り込むようにして上体を伸ばすと、同僚の男の腕をぐいと掴んで引き寄せる。
「おーまーえー。なあにボケっとしてんだよ。飲んでんのかあ?」
「の、飲んでるよ。むしろお前は飲み過ぎだろ。兵士ちょ……エイトが困ってるじゃねえか!」
「あー? この澄ました上品ヅラを見ろ。無っ表情で何考えてんだか判んねえへーしちょーサマの、どーこーが、困ってるんだよ。あー?」
「……。」
エイトはいつの間にか沈黙し、目の前のやりとりを静観している。
泥酔者に絡まれて宥めている同僚と、絡み酒をしている「先輩」部下を。
カウンタ―の内側にいる店主はグラスを拭きながら、そんな両者に挟まれているエイトを気の毒そうな目で見つめている。
――兵士長と部下、ねえ……。この綺麗な兄さんは管理職ってやつか? 見かけによらねえなあ。
この綺麗な顔で剣を揮うのかと想像してみるが、なかなかしっくりこない。自分の兵士に対する認識が、荒くれ者で固まっているせいだろう。鎧兜を身につける輩は総じて筋骨隆々で、粗っぽい輩が多い。
――そういえば、聖堂騎士団辺りは少し毛色が違うんだったか。
神に敬虔な祈りを捧げる、どこか澄ました顔の聖職者たち。とはいえ、昔は正当な神聖さなど無かったが、しかしここ最近はずっと良くなったらしい。
時折この酒場に顔を出す騎士団連中が、酒を飲みながら内部の評判を口にしていた。
「まさか、あの人が団長に返り咲くとは思ってなかったよなあ。」
「だな。でもきっちり頭下げて宣誓したのは感動した。……次の日から速攻で内部洗浄始めたのは恐怖しかなかったけど。」
「あれ怖かったよなあ。贈賄貴族とか買収騎士団員とかを一掃だろ? 俺、マジメに生きてて良かったーって心底思った。」
「俺も。……酒場の子を口説きまくってて三か月の減給と社会奉仕くらったけど。」
「お前……」
……それ以上は守秘義務ぎりぎりの内容であったので、聞こえない振りをしておいたが。とにかく、あの場所は一新されて以降は生まれ変わったように評判が良い。
特にマイエラ聖堂騎士団の団長と副団長が非常にやり手で、不正、汚職、その他もろもろの汚泥を総攫えして片付けていったというのだから舌を巻く。
そういえば、影の立役者がいるとかなんとか聞いたことがあるような――ないような?
それと、あの澄ました顔の少年。もう子供の目はしていなかったあの子も確かマイエラ騎士団にいるのではなかったか。
少年から青年に変わりかけた辺りから毎日のようにここへ来ていた彼は、ある日を境にぱったり来なくなってしまった。華やかな容姿だったので良い客寄せになっていたのだが、新体制になった騎士団ではどうなったのだろう。
――無事でいるといいんだがな。
何となく父親的な感情を抱いていたので、少しばかり気に掛かる。
しんみりとしていたそこへ、無粋な大声が邪魔をした。
「おい! きーてんのか、へーしちょーさま!」
考えに没頭していた店主が我に返れば、例の兵士長が泥酔した年上兵士に胸倉を掴まれている所だった。
――こりゃあ、悪い酔っ払いだな。
客商売とはいえ、流石に目に余る。
さっと店内を見やれば、他の客も同じ感情を抱いたのか不快そうに顔を顰めてカウンター席の醜態を見ていた。
――綺麗な兄さんには悪いが、同行者に注意させてもらおう。
そう考えた店主が手にしていたグラスを棚へ仕舞い、カウンター越しに声を掛けようとした時だった。
「そこの綺麗な女神サマ。良かったら、俺たちと一緒に飲まない?」
「おい。掛ける言葉が違うぞ。」
「なんだあ、お前た――イテテテテ!」
エイトの背後に、いつの間にか二人の男が立っていた。
その片方の端正な顔立ちをした男――どこか見覚えがある?――が、兵士長の胸倉を掴んでいる泥酔男の手を捩じり上げている。にこやかな顔をして。しかし容赦はなく。
「だいぶ酔ってるな、アンタ。騒ぎすぎ――というか、ソイツから離れろ。」
前半は軽い口調ながらも後半は低く暗い声で凄む男に、先輩兵士は蒼白顔で命令に従う。
目を据わらせて男を睨み付ける青年の隣で、溜息を吐く音がした。
「こら、喧嘩腰になるな。こういうときは冷静に諭すんだ。」
その声は落ち着いており、酔っ払った男はついそちらへ視線を向け――更に蒼褪める羽目になった。
青い炎のような暗い殺気を放つ眼差しが、男に留められている。
肩までの黒髪を後ろへ撫でつけた男は、目が合うなり口元に笑みを浮かべた。
「随分と悪い酒を聞し召されたようだな。……我らは、そちらの青年に用がある。申し訳ないが、酒宴はここまでにしてもらえるか?」
そういうなり黒髪の男が懐から何かを取り出し、カウンターの上に置いた。
じゃりっ、と鈍く重い音を立てたそれは貨幣の詰まった手の平ほどの袋。
「代金はコチラが持とう。――店主、勘定だ。釣りは要らん」
黒髪の男は硬質な声でそう告げた後、自分を見つめている氷の美貌を持つ青年を見て――苦笑交じりの微笑を返す。
「邪魔をして悪いが、急用だ。俺たちと共に来てくれるな、エイト?」
黒髪の男の隣で、端正な顔の男も笑みを浮かべて口を開く。
「悪いな、エイト。一緒に来てくれ。」
申し訳なさそうに、けれどもちっとも悪びれた様子もなく告げる声には先程の暗さはどこにもなかった。
美貌の青年は――エイトは頷き、酔っていないほうの同僚に視線を向ける。
「……すまないが、後のことを頼む。……迷惑料を置いていくので、使ってくれ。」
そう告げて、エイともまた黒髪の男と同じ――いや、少し大きめの袋を置いて腰を上げる。
この袋も、じゃりっと重い音がした。
そうして二人の男に挟まれて立ち去る間際、同僚の男がその背に声を掛ける。
「今日は不愉快な目に遭わせてすまなかった! また今度飲み直そう、エイト!」
すればエイトが足を止めて振り返り――。
「ああ――待っている。」
浮かべた微笑は絶佳。店内にいた全ての人間がそれを見て硬直する中、三人は何事も無かったかのように颯爽と出て行った。
その後には、すっかり酔いが醒めたらしい男がカウンター席に突っ伏していて、「……あんなことを言うつもりじゃなかったんだー。あー、ちくしょー。嫌われちまったー。」と呻き嘆いていたりいなかったり。
「悪酔いの上にアマノジャクか。どうしようもないな。」
同僚の男が呆れた声でそう言い、それでも隣に座ってその背中を優しく撫でてやるのだった。
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