■何もすることが出来ない
かと思いきや、結構頑張れば片手でどうにか乗り越えられなくも無い。
そんなズタボロから少し回復したような中より、小話書き落とし。
自分的にも気休めというか気力になるので、11/23までには書き上げたい。
そして尽きぬ感想と優しい気遣い、本当にありがとうございます。
ロキソニンの湿布も処方してもらえましたので、大丈夫な筈!です。
急激な温度変化がやってきておりますが、少しでも熱量になれば。
以下、続きです。
「少し一人で歩きたい。」
そう言って。
肩を抱く手から擦り抜け、繋いでいた手を離して一人で先を歩き始めた青年。
唐突に突き放された兄弟二人は、驚いたものの黙ってその後を追う。追いかけるようにして。
けれども、その隣には並ばない。――並べない。夜気以上にひやりとした冷たい雰囲気を、相手がその身に纏っていたが故に。
彼の女神は――エイトは、時々ではあるが急に突き放してくることがある。
俺の何かが気に障ったのか、女神サマ?
ククールは眉を下げ、先を歩くエイトの背中を見つめる。
雲間に入ったのか月が陰り、不意に薄暗くなる夜道。そのせいか、エイトの青いチュニックが夜の中に溶けて――そのまま溶けて消えるような幻覚を見て、ククールはハッとする。
「エイ、――……っ」
思わずその名を叫び、駆け出そうとしたククールの目の前を、すっと現れた何かが邪魔をした。
それはマルチェロの手による制止で、ククールは苛立ちの眼をして唸る。
「何のつもりだよ。」
威嚇する獣に似た眼差しを向ける弟に、兄は呆れたような表情を浮かべて息を吐く。
「お前のほうこそ何をするつもりだ?」
「何って――俺は、エイトに」
「あいつは言わなかったか? 『少し一人にしてくれ』――と。」
「言ったな。でも、もういいだろ。もう充分ひとりにした。」
「……阿呆。」
ゴツッ、と。制止の手を拳に変え、ククールの頭に落とされたのは拳骨。
痛みに顔を顰める弟に、マルチェロは叱責の眼差しを向けて言葉を繋ぐ。
「自分の欲を優先させるな。少しは我慢を覚えろ、馬鹿者。」
「ハッ。俺は正直なだけさ。それに、そうやって『大人ぶって』機会を逃してる兄貴に言われたくはないね。」
その言葉に、マルチェロが眉を顰めて睨み付ける――も、一瞬。すぐに眉間から皺を消し、また溜息を吐いて言う。
「今度はどんな幻覚を見た?」
「は? あんた、何を――……」
怪訝そうな顔をしたククールだったが、ふとマルチェロの宥める声音の奥にあるものに気づいたのだろう。逆立たせた気配を治め、バツの悪い顔をした。
「……悪い。あんたの言う通りだ。なんか、ちょっと、おかしくなってた。」
「……だろうな。」
飲み過ぎだ、阿呆。――そう言ってククールの背中をバシリと叩くマルチェロの視線はしかし、前方に向けられている。二人のやりとりは聞こえているだろうに――距離はそこまで離れていないのに――彼の青年は振り向かず、歩みを止めることもなく先を行く。
「まあ……誤解させる向こうにも非があるのだろうな。」
ぽつりと呟き、マルチェロはエイトの背中に視線を留め――睨み付ける。
こちらの心を掌握しておいて、急に放り出すとは何事だ。
そら、お前の狂信たる獣の子供が啼いているぞ。
悪態に似た台詞を心中で零し、マルチェロは隣を歩く男をちらと見る。人を喰ったような態度と陽気な笑みで女性を虜にしてきた見栄えのいい弟。それでも常に一歩引いた距離でいて、その内部には決して人を引き寄せようとも立ち入らせようともしなかった。
その強い警戒心は、きっと幼少期に過ごした修道院が生んだものだろう。
ああ、何があったかは知っている。何が行われていたのかなど、彼よりもずっと前に知っている。自分の方が先にその場所にいたのだから。
そんな弟をすっかり掬い上げて虜にしてくれたのは彼の女神。氷の麗人、寡黙な兵士。
引き取るのは外見が綺麗な弟だけで良かっただろうに、あろうことか世界の敵になったコチラまで浚ってくれた。
過ぎた野心で身を滅ぼしかけた愚かな男すらもひとまとめに救い、手懐けたというのに当人は特に何かを命令するわけでもなく、変わりなく黙々と我ら兄弟の間に居る。
――すっかり居座っているのだ、その存在が。
常に心の奥を占めているというのに、ああ、どうして置いて行こうとするのだろう。
「……おい。悪い酔いは醒めたか。」
「ん? あ、ああ。醒めた、けど……マルチェロ? どうし」
「ならばアイツに追いつくぞ。」
「へ? いや、あんた、今ひとりにしておけって」
「もういい。――猶予はすっかり与えてやった。そら、行くぞ。」
「あっ――ま、待てよ!」
ククールは急な変わり身を見せたマルチェロに戸惑ったものの、先を歩く――気づけばその距離はだいぶ開いていた――エイトに向かって、走り出した。
少し前を駆けるマルチェロの背中を見ながら、ククールは苦笑する。
「何だよ。あんたも寂しくなったんじゃねえか。」
大人ぶっていたものの、考え過ぎて感情が一周したのだ。それこそ、自分と同じように。
ククールは視線の先で、追いついたマルチェロがその青いチュニックを捕まえて強引に足を止めさせるのを見る。そしてそのまま軽く説教をし始めた兄の姿を、無表情に兄を見て首を傾げる美しい女神をやや離れたところで見ながら、笑う。
そうさ。その感情は理屈じゃどうしようもないんだよ。
ははは。エイトのやつ、マルチェロに怒られてやんの。
ククールは酔いの残るふわふわした感情のまま、銀の髪を揺らしながら彼らの間に飛び込む。
その姿はまさに尾を振る獣の如く。
そして愛を求める子供の如く。
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