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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【マル&クク主drago】十六夜誘い誘う月 8

■医療の力は凄い。

あとは、なんか活力とか励みとか。
やらなければいけないことが増えたものの、心身共に癒されている中での小話書き落とし。
反応、本当にありがとうございます。嬉しくて勝手に描写増量。

寒い日が到来しておりますが、少しでも温まって頂ければ僥倖です。
以下より続きをどうぞ。






(何でこんなことになったんだろう……。)
満ちた円より少し欠けた十六夜月。
エイトは浴槽の縁に背凭れた格好から、夜空を見上げている。屋敷の裏手側、そのテラスに設置された置き型の浴槽に身を浸して。
それはマイエラ兄弟が設置したもので、大の男三人が入ってもまだ広さに余裕がある。
リブルアーチで特注したとの噂だが、恐らく真実だろうことはその材質と意匠から見てとれた。
六角形の変わった作りだが、表面は実に滑らかに仕上げられており素肌が触れても傷つくことは無い。
それはまるで白磁の乙女――いや、彼らが誂えたのならば創造対象は乙女ではなく、きっと――……。

静かな夜の中、ちゃぷり、と湯が音を立てた。
それはエイトが軽く手を動かした為で、浴槽の縁に頭を乗せたまま前髪を掻き上げたのが原因だった。
湯気で肌に貼りついたのを煩わしく感じたのだろう。
白い指先で自らの影を横へ払えばそこから覗いたのは隠れていた黒曜石。深い闇、澄んだ夜を閉じ込めた漆黒の双眸は空に浮かぶ欠けた月に向けられている。
エイトは目を細め、ゆっくりと息を吐いた。

(こういう熱は大丈夫なのに、な。)
エイトは空に視線を留めたまま、意味も無く片手を動かす。
掬い上げた湯が指の間から、ゆるりと流れてまた湯の中へ戻るその液体の音をぼんやり聞きながら、また息を吐く。零れる湯に合わせるようにして。
人との接触には慣れたと思っていた。
けれども、マルチェロとククールの間にいると時々、無性に抜け出したくなることがある。
理由は分からない。
多分、ずっとそこにいると温かすぎて――熱くなってしまうからなのだろう、と思う……けれど、も。
答えは見つからない。
これはまだ自分が人と関係を築くのが下手だからだ。口下手で、対人関係に難のある兵士長が故に。

現に、今日も二人に両側から挟まれる形で酒場から帰路を歩いていた時にやらかしてしまった。
熱を冷ましたくて一人そこから抜けたのだが、黙々と先に行き過ぎていたようだ。
追いかけてきたマルチェロに腕を掴まれ、引き止められて受けるのは叱責。
「夜道を単独行動するな、馬鹿者。それに、お前はかなり酒を飲んでいただろう!」
そう言われても、こちらも丸腰というわけではないので――それに兵士長なので――「大丈夫だ。」と答えたところ、今度は追いついたククールに説教を受ける。
「お前な。行き急ぎ過ぎなんだよ。俺たちも一緒にいるんだから、ちゃんと見ろ。」
その言葉には、ハッとするものがあった。
確かに、自分は己ばかりを気にしていて、同行者を疎かにしていた。

(ああ、こういうところが俺は駄目なんだなあ。)
飲み過ぎたせいだ――と、酒に転嫁する気はない。
酒は飲んでも飲まれるな、だ。
ぱしゃり、とまた湯を掬って指の間から零れるままにしながら、エイトは酒場であった年上の部下とのやり取りを思い出す。

『お前、せめてその不愛想が直せないなら駆け引きの手管を覚えろ。』
そう言って、幾つかを同僚を交えて実践してみせてくれたのだったか。
ああ、あの時は優しいな、と素直に尊敬したものだ――酒を聞し召しすぎて悪酔いするまでは。

(……今日の俺は、ククールとマルチェロに叱られたままだ。)
少し関係が拗れてしまったかもしれない。だとしたら、何としてでも回復させなければ。
ようやく築けた友人関係。手放したくはない。繋いだ絆。離したくはない。
(ええと……あの先輩はどういうことを言ってたっけ?)
エイトは目を閉じて、思い出す。
駆け引き。交渉。折衝……戦略?

「エーイト。さっきから何を考え込んでいるんだ。」
ざぷり、ざぷりと。水面が大きく波立つ音がして目を開けたエイトは、湯をかき分けるようにしてゆっくり近づいてくる銀色の髪の男を見る。
相手は――ククールは目の前までやってくると、頭を起こして視線を合わせたエイトの片頬を軽く叩いた。ぺちっと。
そうした上で、苦笑に似た表情を浮かべてエイトに話しかける。
「俺たちを放置して、どこ行ってたんだ女神サマ?」
「……。」
エイトは、困ったような笑みをしたククールを凝っと見つめ――やがて静かに上体を起こすと、相手に近づいた。

水音はない。
湯は音を立てず、ただゆらりと揺らめいただけ。
水面に少しの波紋を広げ――それが滑らかに溶けた後には、目を丸くして硬直したククールと間近に接近したエイトがいた。
「な、……エ、」
名を紡ぐより先にエイトの手が動き、ククールの頬にそっと触れた。
いつもより温かい手は一度するりと撫で上げ、次いで氷の美貌が言葉を繋ぐ。

「俺は、何処にも行かない。こうして、お前の側にある。――そうだろう?」
吐息が触れる距離にて囁かれた声はククールの耳朶を打ち、そして――心臓を打ち抜いた。
「なっ、お、急、」
予想だにしない接近と、肺腑に響く声と、そして止めの微笑にククールはすっかり言葉を失ってしまう。
そんなククールに、エイトが少し首を傾げて追撃する。
「俺は、お前の側にある。……見えているだろう?」
ほら、と言うように頬から離れた手が、今度はククールの手を掴んで引き寄せた。
自らの心臓に触れさせて、エイトが言う。
「俺は、あるだろう。こうして、お前の傍に。」
ククールが無言でコクコクと頷き、エイトを見上げる。心臓に当てられた手を、僅かに震わせて。
首肯を返したのを見てとったエイトは笑みを深め――そのまま静かに離れた。やはり音は無く、水面にゆるりと波を作って。

そうして、ふらりと振り返る。
その視線は、呆気に取られてこちらもまた硬直しているマルチェロに留められて。
エイトが口端を少しだけ持ち上げて、片手を差し出す。
「お前も……俺が見えているな?」
「……ああ。」
マルチェロの方は辛うじて声が出た。絞り出すようなものではあったが。
差し伸べられた手を凝視するマルチェロに、エイトが言葉を続ける。
「俺は、俺たちの元へ戻ってきた。そして、ここにある。」
「そう……だな。」
同意を返せば、エイトが「それでいい」というように頷く。
湯けむりの向こう、マルチェロは氷の花が綻ぶのを見る。

「……今日は、すまなかった。」
それだけを言うと、エイトは浴槽から立ち上がってその場を後にした。テラスに点々と足跡を残して。――唐突な魅了の残滓を二人の男に刻み付けて。
テラスの奥に消えたエイトを沈黙で見送った後、その場には長い沈黙が横たわった。

ぱしゃん、と。
小さな音を立てたのはどちらだったのだろう。
口火を切ったのは、ククールだった。

「なあ……あれ、なんだ。」
「きちんとした言葉を作れ。……さあな。お前に分からぬなら、俺が知るわけもなかろう。」
はあー、と重い溜息を吐いて、マルチェロは前髪を掻き上げた。
その顔は顰め面。眉間に皺を刻み、口を開く。
「あいつは何でああも突拍子もないことをしてくるんだ。」
「それが分かってたら苦労はしねえよ。」
ククールも同じように前髪を掻き上げ、マルチェロの隣に並ぶ。
テラスの向こう、今頃は着替えているだろうエイトを想像しながら息を吐く。
それから、ふと何かに気づいたように呟いた。
「さっきのアレ、もしかしたら意趣返しかもな。」
「意趣返しだと? いったい何の――」
「同僚たちと飲んでたのを邪魔しただろ、俺たち。」
「……絡まれていたのを助けただけだろうが。」
「でもさ、あいつは何とも思ってなかったのかも。自分でどうにか出来たかもしれないぜ。それを俺たちが割って入って、しかも強引に連れ出したのを――」
「――だとしても、退出を選択したのはあいつだ。」
ククールを遮り、マルチェロがフンと鼻を鳴らす。
こちらに非はない。むしろ、非はあの悪酔い男にあるのだという態度で言いのけた兄を見て、ククールは失笑する。
「ハッ。なんというか、アンタってそういうところは強いよな。」
「お前がいちいち気にしすぎるのだ。ふてぶてしく甘える割に弱いそれをどうにかしろ。」
「ふてぶてしいって何だよ。俺は素直なだけ。」
「フン。子供なだけだろう。」

何を。
何だ。
じっと睨み合う二人の男。
剣呑――というには、その兄弟喧嘩は浅く、軽いものでいた。互いにそうして動揺を静め、長々と溜息を吐く。

「せめて、予告が欲しいよな。これからお前たちを誑し込みますって。」
「阿呆か。……そんなものは死の宣告にしかならん。」
「確かに。」
「だろう?」
予告を受けて真っ青から真っ赤になる自分でも想像したのか、ククールとマルチェロは苦々しく笑い、それからまた溜息。

「……そろそろ俺たちも戻るか。」
「そうだな。このままここにいると、湯冷めしそうだ。」
ざぶり、ざばりと。
音を立てて立ち上がると、彼らもまたテラス伝いに屋内へと歩いていく。
その際、テラスに落ちた足跡に添うように自らの跡を付けながら。

――側に、いるだろう?
――ああ。傍に、あるな。

くつくつ笑いながら月明かりの下を歩く二人の姿はなんだか楽しげで、実に仲の良い兄弟であった。


さて。我ら兄弟を翻弄してくれた女神サマ。
部屋に戻ったらどうしてくれよう。


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