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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【マル&クク主drago】誰が為にその御手を(前編)

■番外編らしきもの。

下記の「誰が為~」に少し出て来た、どこぞ成金貴族との一件を書いてみようと作業に取り掛かったのですが、思いのほかあれやこれやと追加をしてしまい、中身が混沌と化しはじめたので切り張りして載せることに。
(訳:小話という量ではなくなった。)

クク主+マル主的な要素が、少し緩く……軽く?あります。
が、前編はモブとの場面が多め。
それでも良ければ、お読みください。






それは、サザンビークでの外交を終えた夕暮れ、その帰り道でのこと。
後ろから馬車の近づく音が聞こえてきたので、安全を考えて路肩に寄った。
しかしそれは速度を落とし、何故かエイトの隣で止まる。
ぎっ、と開いた扉から顔を覗かせたのは、見知らぬ男。
風体は、従弟でもある大国の王子を思わせる。だが――嫌な気配だ。
身なりからして貴族階級らしきその男は、舐めるような視線でエイトを上から下まで眺めた後で、こう言った。

「喜ぶがいい、お前は儂の遊び相手に選ばれたのだ。」
「……。」

無表情の相貌に、氷の冷徹が混じる。
それは嫌悪か、困惑か。
エイトは微かに眉を顰めて首を振ると、静かな声で返した。
「仕事がある。」
それだけを告げて再び歩き出そうとすれば――「待てっ!」
足を止めて肩越しに振り返ったエイトは、男がこちらに向かって何かを見せつけている姿を目にする。
小さな影が、二つ。
犬猫のように襟首を掴まれたそれは、幼い兄弟だった。
「お前が相手をせぬと言うなら、これらに代わりを務めてもらおうと思うのだがなあ?」
男の言葉を受けて、襟首を掴まれた兄弟が揃って身をびくつかせる。既に「遊び」の片鱗を幾らか受けたようだ。
「……。」
エイトの眼差しが、その身に纏う気配が、樹氷が如く冷気を纏う。
冷ややかに佇むその姿に男は一瞬慄然としたものの、しかしそれ以上に玲瓏とした美しさに惑わされ――その腹の内に在るものを引っ掻いたが故に、男の強い欲望を煽ってしまう。
「もう一度言う。……儂の遊び相手となれ、青年よ。」
「――。」
エイトは無言のまま、男の手中にある兄弟を見遣り、彼らに訪れかねないこれ以上の悲劇を思い……最終的には、こくりと頷いた。
ぴんと伸ばされた姿勢を崩すことなく、馬車へ続く泥濘たる道を進む。
彼はこれから自分の身がどうなるのか、また何をされるのかを理解しているのか、それとも興味が無いのか。
近づいてくる足取りに重さは見えず、その顔には何の感情も浮かんでいない。
どこまでも毅然とした姿勢と真っ直ぐな眼差しはただただ美しく、馬車の中にいた従者が思わず深い溜息を零し、胸の前で十字を切ったほど。

神よ、お許し下さい――音のない声無き懺悔をして、従者は逆らえない命令に添いエイトを後ろ手に拘束する。
お許しください。
お許しください、と。
何度も何度も胸中で嘆き、従者は馬車を走らせるのだった。


◇  ◇  ◇


青年は、つるぎを手に立っていた。
彼の背には、震えて蹲る仔羊の影が二つ。その身に刻まれた傷跡を隠す為として青年から与えられたのか、片方には黄の衣、もう片方には青の衣。お互いに服の端を掴み、目の前に立つ青年を見上げていた。
そこに怯えた様子はなく、安堵からか、ほろほろと涙を零している。
青年は――エイトは、そんな兄弟を肩越しに見やり、「大丈夫だ」とだけ告げて前に向き直った。
自らの衣を分け与えた故に、彼の上半身は無防備な有り様。白く滑らかなその裸体はしかし絶妙な均整がとれており、まるで名匠が作による美しい彫像のようだった。
纏う気配のせいか、陰が暗い青みを帯びているようにすら見えるその存在。
事実、彼の青年は端正──どころか、息を飲むほどの美貌の持ち主でいた。

細身の体躯。
長い睫毛。
白い肌。
そして、彼の相貌――極上の美。
男たちの目の色が変わったのはいうまでもない。

畏怖は、たちまちのうちに愚かな情欲へと塗り替えられて。
地下室に、下卑た笑い声が広がる。

「これは……凄ぇな。」
「たまんねぇ~……でも男だろ? あれ。」
「いや、あそこまで美人だと気にならないだろ。」
「確かに。」
「それに、こんな豪華な“据え膳”だぜ? ありがた~く食わねえと、それこそ罰が当たるんじゃねぇの? ヒヒッ!」
「ハッハハ! ちがいねえ!」
わざと聞こえるような声量でそう言って、ゲラゲラと笑い合う男たち。
そのやりとりを聞いて、子供たちがビクッと身を竦ませる。
弟は唇を噛みしめ、ぎゅっと目を閉じて小さな手で己の耳を塞いだ。兄は、その小さな体を抱き締めてやり、背中を撫でる。……自身の震えは誤魔化して。

牢屋めいた地下室、奥に追い詰められるようにして。
怯えるは傷ついた子羊たちと、抜身の剣を手にした氷の女神。
幼い兄弟を庇うようにその背に隠し、入り口からぞろぞろと侵入してきた男たちに視線を止めて、口を開く。
「――そこで止まれ。」
冷えた石壁よりもなお一層冷え冷えとした声は、静かながらも強い威圧感があった。
空間に広がる闇よりもなお深みのある黒瞳が、男たちを真っ直ぐに見据えている。その気迫、凄みに男たちは一瞬息を飲んで怯んだが――白い滑らかな肢体が目に入り――けだものが如く、舌舐めずりひとつ。
「じゃあ、まずは俺から遊んでもらおうか……お美しい“女神サマ”?」
エイトはその場より動かず、ただ白い手を持ち上げて剣先を突き付ける。
僅かに首を傾いだ際に前髪が横へ流れ、その隙間より覗くは漆黒の瞳。

「……来い。」
赤い唇より零れたるは、吐息めいた声音からの誘い。
祈りの場より遠い醜悪な檻の中。
まずは獣がひとり、手招かれるままに短剣を手に飛びかかる。


――汝、敵を前にして退くことなかれ――


五人以上は確かにいた荒くれ共。
醜悪な愚行とは裏腹に、澄んだ金属音が響く度に、ひとり、またひとりと男が倒されていく。
峰打ちではあるが、確実な当て身にて戦闘不能へと誘われ、獣たちはゆっくりと、そして確実に数を減らし――地下室からは徐々に動く人間の気配が消え、気づけば首謀者である貴族の男だけとなっていた。

「な、な、なっ……ばっ、馬鹿な! こいつらは腕の立つ裏稼業の者どもだぞ! それを、貴様のような男が、――どこぞの下級民の分際で……っ!」
ふんぷんたる害意を撒き散らして地団太を踏むその男からは、先程までの高慢な威勢はない。
あるのは、ただの癇癪。それも酷く子供じみた、むずがり。
「生意気な、生意気な、生意気なあぁぁああああ! 儂はまだ終わっておらん! それに、ココを出ても無事に済むと思うなよ! 儂には貴様をどうにでも出来る権力と財力があるのだからなぁ!」
ドスドスと足を踏み鳴らし、煮え立つ怒りのままに喚く男の罵声を受けても、エイトの表情は崩れない。
しばらくがなり立てる男を氷の眼差しで見つめていたが、やがて何かを言いかけるように口を開きかけた――その時だった。

「ここにいたか。」
固く厳しい声音がしたかと思うと、男が二人、その場に姿を見せた。
彼らは揃って険しい表情をしていたが、部屋の奥に佇むエイトを――彼の惨状を目に入れた途端、ぎょっとして足を止めた。

「お、前、……なにが――」
まるで立ち眩みでもしたように、ぐらりと上体を揺らめかせたのは赤い服の男。長い銀色の髪が大きく揺れ、酷く動揺した様子が見て取れる。
そんな男を横目に、もう一人の男が会話を繋いだ。

「探したぞ、馬鹿者。」
蒼い服に身を包んだ男は溜息を零しながら、部屋の奥の相手に声を掛けた。部屋の中へ足を踏み入れる間際、硬直した赤い服の男の背中をバシリと叩くのを忘れずに。
そして、貴族の男の横を通り抜ける“ついで”にその延髄へ一撃を与えて昏倒させた。
地面に倒れたそれに、冷たい侮蔑の眼差しだけを向けた後は何も言わず。つかつかとエイトの元へ近づくと、こちらに対しては柔らかい苦笑を向けて話しかける。
「随分とまあ暴れたものだな?」
周囲に倒れている数人の男たちを一瞥し、それから――入り口付近でいまだ茫としている男を振り返る。
「そこの阿呆、いつまでそうしているつもりだ。」
「え、あ……」
「動く石像よろしく、そこで見張りでもしてくれるのか副団長殿?」
「な、っ……そんなわけないだろ!」
皮肉を受けて動揺より立ち直った銀髪の男は、それでようやく部屋の中へ。エイトの元へと駆け寄るなり自らの赤い上衣を脱ぐと、それを肩へと掛けてやる。
「……、その、エイト。」
「何だ。」
「……いや、……あー……大変だった、な?」
赤に映える陶器のような白い肌から目を逸らしてしまうのは、その美が怖ろしいからではない。
恐れたのは魅了ではなく、傷跡の有無だった。
ここに来てまず目にしたのが、上半身裸のエイトであったが為に。
手に剣を持ち、足元には数人の男たち。
微かに肩や胸の辺りが上下しているのが見えるので、生きてはいるようだ。
エイトの手が血に染まらなくて良かった、とまずは安堵する。

けれども、この場所、広がる光景に覚えたのは疑視感。

嫌な薄暗さ。
ふんぷんたる悪臭漂う地下牢。
壁から下げられた鎖に繋がる拘束具。
そして、そこに。
子供が。
無力で、無垢なこどもが。

こども、が……俺が……泣いて、いて……。

「――ククール。」
氷の声に、はっとして。
意識を戻せば、覗き込むようにしてコチラを見つめている闇色と目が合う。
緊張したように身を強張らせ、急に押し黙ったククールが気になったのだろう。この女神様は自分のことには大いに鈍感だが、こと仲間の変化に対しては敏い。
しかし、今は気遣われたくなかった。
ククールは無理矢理に思考を切り替えると、いつものシニカルな笑みを作って――。

「――大丈夫だ。」
「――っ!?」
口にしようとした言葉を先に紡がれ、ククールは驚く。
まさか心を読んだわけではあるまい。だとしたら、何を以ってしてその台詞を口にしたのか。
「エイト、お前は――」
「――積もる話は後にしろ。」
会話を中断させたのは、ククールの上司兼兄上様。いつの間にやら男たちを全員縛りあげており、牢屋に放り込んで鍵を掛けているところだった。
そのようにして一先ずの安全を確保してから、ククールたちに向き直る。
蒼褪めた弟の顔に浮かぶものを認めて眉根を寄せると、さり気なくエイトへ視線を流して口を開いた。
「この後の処理は部下に任せるが、お前は一応、重要参考人だ。容易く解放は出来ない。」
「ああ。分かった。」
「物分かりが良くて助かる。――では。同行願えるかな、女神殿?」
茶番めいた軽口を交わし、マルチェロがエイトに片手を差し伸べる。
エイトは頷き、その手を何の躊躇いもなく掴もうとした――が、横から伸びてきた手によって阻まれた。

腕を引かれ、引き寄せられた先はククールの腕の中。エイトを背後から抱きしめるような形で捕えた上で、己の上司に対して言葉を吐く。
「それには当然ながら俺の同行も必要ですよね、団長殿。」
「……立ち直るのが少々早いのではないか、副団長?」
「副団長なんで。」
「ハッ。」
生意気な部下の進言に、けれども上司は苦笑交じりの冷笑だけを返しておいて、駆けつけた部下たちに指示を飛ばしはじめる。
蒼白めいていた弟の顔色が幾分か良くなっていたのもあってか、彼の眉間にあった皺が少し消えていた。

そして彼らは醜悪な屋敷を後にし、事件の処理を優秀な部下たちに任せて場所を移す。
ひとまずは、ゆっくりと休める場所――安堵が待つ彼らの屋敷へ。


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