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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【マル&クク主drago】霧雨の向こう

■もうすぐ

開設記念日(自分の誕生日)なので、以前に開催していたAnniversary話を久し振りにしようかと作成中。
……まあ、元は2017年に書いて中断していたやつを加筆修正・執筆再開するものなので目新しくもないのですが、中身を見返したら自分が読みたくなったので書き上げたく。


そんな作業最中での、ちょっとした小休憩小話。
横殴りの雨に打たれて右半身がべしょべしょになった中で思いついたものをお裾分け。

drago主人公と、マイエラ兄弟です。
宜しければ、どうぞ。






霧のような雨が降っていた。
天から真っ直ぐに細かく落ちてくるそれは粒が小さいながらもやはり水であるため、遮るものも無い状態でいるとずぶ濡れになってしまう。

青年は、森の中に続いている街道を歩いていた。頭に、肩に、霧雨がさめざめと降ってくる。
それを防いでいるのは、艶消しされた銀色のマント。あらゆる魔法を無効にするメタルキングの体液を特殊な方法で繊維として織り込んだものであり、防火防水などの多彩な効果がある優れもの。
それを頭から被っている為か青年の足取りにはどことなく余裕があり、人気のない道を黙々と進んでいた。
街道脇には、儚くも甘い香りを漂わせている白い花をつけた木がある。その側を通り抜ける際、雨音以外の何かが聞こえた気がして足を止めた。
音の正体を探すために、周囲を見回す。
右に、左にと視線を流し、動かし――そうして、青年はそれを木の根元で見つけることになる。


◇  ◇  ◇


「結構降ってきたな。」
静かな執務室。書類にペンを走らせていたマルチェロが、その手を止めずに呟いた。すれば、傍らの書斎棚にて本を並べ直していたククールが振り返る。
「え。本当か。」
嘘だろ、と言いながらマルチェロの背後にある窓に近づき、勢いよくカーテンを開けた。
「うっわ。なんか白い。」
結露で曇った窓ガラスに顔を顰めつつ、ククールは布巾で水滴を拭う。そして明らかになったのは、地面に叩きつける豪雨で煙る光景だった。
「うーわー。今日は内勤にして正解だったなー。こんな天候で外に出るとか、狂気の沙汰すぎ。」
「……貴様。妙に物分かりよく手伝いを申し出たと思ったら、そういうことか。」
顔を上げて睨み付けてくる騎士団長殿に対し、ククールは涼しい顔をして笑う。
「何だよ。別に俺が雨を降らせたわけじゃないんだぜ? むしろ、ここは休日手当てが付けられるところだろ。」
ふふん、と何故か得意げな顔をして両腕を組む副団長――態度は軽薄だが、確かな実力があるのが腹立たしい――に、マルチェロはわざとらしく溜息を吐いてペンを置いた。
「全く。よく口が回る。ちゃっかりしおっ、て――……」
マルチェロの言葉が不意に途切れる。ククール――というよりも、その背後に視線は留められていて。
「どうした? 俺の背後になに――……っ」
マルチェロが見ている方角を追いかけて窓の方を振り返ったククールは、その先でとんでもないものを見つける。


窓から見えるは白く煙る森。鈍色の人影が、緩やかな足取りで歩いている。
ゆらゆらと、陽炎のように揺れているのは靄のせいか。ともかくそれは酷い雨の中でも落ち着いているようで、ちょうどククールの眼前を右から左へと歩き去るところだった。
鈍くも輝く銀色の外套。悪天候。フードを被っている上、相手との距離はだいぶ離れている。
けれど。
けれども。

「それ」を見間違うことは決してない。

「――エイトっ!」
悲鳴に似た声を張り上げるなり、窓を大きく開け放って飛び出す銀の獣。
一直線にそこへ向かう男を見て、マルチェロが大きく溜息を吐く。
「あいつは、アレが絡むと途端に無謀な阿呆になるな。」
遠ざかる弟の後ろ姿に嘲罵を吐き、顔を顰めるマルチェロはしかし席を立つと、着替えと体を拭くもの、それからあとは温かい飲み物も必要か、などと考えながらドアの方へと向かうのだった。

――半ば引き摺るようにして。
エイトの手を掴んで邸宅に戻ってきたククールは、まず浴室へと連れて行った。
「……待て、ククール。俺は……」
「待たない。いいから、お前は先ずこっちだ!」
振り向くことなく、有無を言わせぬ態度で廊下を歩いていく。赤い絨毯の続く道の先、廊下の突き当りでは衣類の入った籠を手にしたマルチェロが待ち構えていた。
ククールがようやくそこで足を止め、今度はマルチェロが話しかける。
「来たな。……ここに、お前の着替え支度が一式入っている。湯浴みが済んだら、部屋に来い。」
「……。」
エイトはフードをとって少し首を傾げると、地面に視線を落とす。
僅かな沈黙。その逡巡に気づいたマルチェロが声を掛けようとすれば、エイトが顔を上げて口を開いた。

「……その前に、これを。」
外套を羽織ったまま――なにせ、ずっとククールに手を繋がれていたので脱ぐ間がなかった――エイトが、合わせ目の間から何かを差しだした。
小さな黒い塊が二つ。
「あれ。何だよ、パンサー種の子どもじゃないか。」とエイトの肩越しにククールが覗き込んで目を瞠る。
可愛いな、などと言いながらマルチェロの代わりに二匹を受け取ろうと手を伸ばすも、小さな獣は小さな眉間に皺を寄せ、フーシャーと威嚇した。
「お。チビのくせに生意気。」
軽く眉を顰めるも、その顔には面白げな色が浮かんでいる。そして、わざと手を出しては小さな爪で引っ掻かれそうになるのを何度か繰り返しはじめる。
その様はまるでいたずら小僧そのもの。
「止めんか。子どもといえども、れっきとした魔物だぞ。」とマルチェロが窘めるも、ククールは「大丈夫だって」と笑いながら小さな獣たちをからかって遊んでいる。

「……彼らは、敵ではない。……ククールも、そこまでだ。」
小さな爪を出して唸っている黒き獣と、それにちょっかいをかける銀髪の男を宥めたのは、氷の声。
エイトはマルチェロが持ってきた籠の中から厚手の手拭を取り出すと、しっとりと濡れたチビパンサー二匹の毛並みを拭き始める。
からかい遊びを止められて少し口を尖らせるククールの側には、額に手を当てて眉に皺を刻んでいるマルチェロがいて、難しい顔でエイトを見遣り、唸るような声で投げるのは質問。

「おい、エイト。……これはどこに居た。」
問い掛けに、エイトがちょっと首を傾げる。小さな獣の毛を拭く動作はそのままに、少しの間を置いてから答えた。
「ここより、南……ドニの村より少し南東にある森の街道だ。」
エイトの言葉にマルチェロが再度、溜息を吐く。その反応を見て、ククールが不思議そうな顔をする。
「どうしたよ、マルチェロ。まさか、こういうのが苦手――」
「――阿呆。」
愚弟に呆れた眼差しを向け、それからエイトの腕の中にいる獣を見て口を開く。
「これは残虐なシャドウパンサーだ。この辺りにはいない筈だが。」
「へー。元はどこに居たっけ、こいつ。」
「大体、アスカンタ領から南のほうだな。……勉強不足だぞ、副団長。」
「すみませんね。まだ成りたてなもので。」
「ハッ。再入団して早々に実力を示し、一足飛びに昇格した者が何を言う。」
軽薄な台詞を吐いておどけるククールに、マルチェロが呆れつつも不敵な笑みを見せる。
元より、暗黒神を打倒した旅の一行の一人なのだ。ぬるま湯と腐敗に浸かり続けた聖堂騎士団員など、相手になるわけもない。……隣に立つ騎士団団長と、目の前の氷の女神以外には。

「生息地を拡大したのならば最悪、討伐せねばならんが――」
「――必要ない。これらは、単に迷っていただけだ。」
マルチェロの言葉を、エイトが遮る。
どういうことだ?とマルチェロが片眉を上げて眼差しで問えば、エイトは子獣たちを抱き直して言葉を返した。
「霧雨、靄がかる森の中で母親を見失ったらしい。……該当場所を探すよう、バウムレンに伝えておいた。疎通が可能ならば、その説明も、と。」
「……お前の説明だと、まるでそのパンサーの子らと対話があったように聞こえるが?」
両腕を組んで訝しげに問い返したマルチェロに、返されるのは氷の声。

「何かあれば、俺が責を負う。――この身に代えても。」
それは俺達とその魔物、どちらに対してのものだ?とマルチェロは心の中で問う。
だが相手はとにかく氷の美貌を崩さず、真っ直ぐにマルチェロを見つめてくるものだから――ああ、勝てるわけもない。

「分かった。お前の好きにしろ。……俺達は部屋に戻るから、お前はそろそろ身を清めて来い。」
「ああ。……この子らは、」
「俺が預かる――」
「フシャー!」
両手を出したククールに、チビシャドウパンサーたちが威嚇する。どうやらエイト以外に懐く気はないらしい。
「お前ら、ほんっと可愛げないな。あのな、その女神様は俺たちの――」
「――魔獣に嫉妬してどうする。戻るぞ、阿呆。」
「あっ、おい、待てよマルチェロ離せって――ああもう! エイト、ゆっくり温まってこいよ!」
襟首の後ろをむんずと掴まれ、少し前のエイトのように「引き摺られるようにして」廊下の奥へ消えるククールとマルチェロを見送り、その姿が消えてからエイトはようやく浴室へ入るのだった。


ぎゃあ、ふぎゃ、ふぎゃあ。
ネコ科にしては野太い鳴き声を上げ、二匹のチビパンサーが居座るは氷の女神が膝の上。
湯浴みを済ませたばかり故に温かいその体。心地よい体勢を見極めたのか、エイトは胡坐を掻いてその上にブランケットを敷くと、そこへ二匹を乗せて実に柔らかな動作で撫でている。
「すまないが、雨の気配がなくなるまでは、ここへ居て欲しい。」
みぎゃあ。
「……ああ。こちらも、身の安全は保障する。……母が心配だろうが、言付けはしてある故、どうか安心して欲しい。」
ぎゃあ、ふぎゃあ。
「……そうか。ありがとう。」

寝台の上で、チビパンサーたちに語り掛ける氷の女神。自身の濡れた髪には構わず、小さな獣たちをあやすように撫でている。
そこから少し離れたソファには、男が二人。片方は顰め面でその光景を眺めており、もう片方は手にした書類をめくっては何かを確認している。
顰め面――というよりは膨れっ面というべきか――で、吐き捨てる。
「なんかちょっと構い過ぎ。というか、凶暴な獣に優しくし過ぎ。」
「……重症だな。言い聞かせ、大人しくさせているだけではないか。何が不満だ。」
「こっちを構ってくれてない。」
「……、……手遅れか。」
はあ、と溜息。それでも書類を揃えて近くの机に置くと、腰を上げて寝台のほうへ向かって声を投げた。

「エイト。お前は何を飲む。」
「……すまないが、俺は今、動けない、ので――」
「――この愚弟が用意してくれるそうだ。」
「はっ!? おいマルチェロ、何を」
「……ククール、が?」
氷の美貌と眼差しが、不貞腐れ気味でいた「こども」へと向けられる。
深い闇色の瞳が銀色を捉え――僅かに首を傾げてエイトが訊く。
「……珈琲を。……構わないか?」
柔らかい声が、ささくれ立っていたククールの「毛並み」を静める。
魔獣の子らに向けられているものとは、また違うものだ。その声音は、声の調子は、いつも自分だけに向けられているものだ――とククールは思った。
「お、おう。勿論。任せろ。」そう言ってサッと立ちあがり、エイトの元へと歩み寄る。
「いつもので良いか?」
「ああ。……ククールが淹れてくれるものは、美味しい、から。」
それは何かの意図があっての発言か、それとも単なる無意識なのか。静かな声で、白い花がそっと咲くように緩やかに解けた氷の微笑を受けて、ククールはすっかり立ち直る。
ふぎゃあ。ふーっ。
エイトに近づいた為か、再び小さな威嚇の声を上げるチビパンサーたちに、ククールが向けるのはもう嫉妬ではなく。
「ふふん。お前たちに珈琲は無理だろ? ……俺の勝ちだ。」
ふぎゃー! うぎゃーっ!
言葉が伝わったのかはしれないが、激しい抗議の声を上げる二匹を余所に、稀代の色男は何処か得意げな顔をして部屋から出て行った。
後に残ったエイトは喚きだした子らの頭や背を撫でて宥め、マルチェロはやれやれと言いながら棚に近づき、「お茶請けは焼き菓子で構わないな?」とエイトに声を掛けながら金属質の容器を取り出すのだった。


◇  ◇  ◇


――深夜。
寝台の上で目を覚ましたエイトは、もう一度目を閉じて周囲の音に耳を澄ませた。
聞こえるのは、左右からの寝息。そして、保護した魔獣の呼吸音。
雨音は聞こえない。
その気配も窺えない。
どうやら雨は上がったらしい。

両隣で眠るククールとマルチェロを起こさないように気をつけながら、エイトは魔獣の子が入った寝床のバスケットを抱え、そっと部屋から抜け出した。
音無く滑るように廊下を歩き、向かった先は玄関先。そろりと閂を外して扉を開き、外へ出れば迎えたのは三日月と黒い獣。

「……承諾なく運んだこと、申し訳なく思う。」
エイトが先ずしたのは、頭を垂れての謝罪。
黒い獣は、エイトが姿を見せるまでは気を逆立てて臨戦態勢をとっていた。しかしそれもエイトの行動を見るまで。頭を下げたエイトの言葉が届いたのか、毛並みを戻して鎮座した。
唸りもせず、身構えることも無く。
無機質な瞳をエイトに向けて、出方を待つ。
「子らは、ここに。害為す行動は決してしなかった、が……濡れた体を拭く際に、もしかすると、傷をつけてしまったかも、しれない。」
そう言いながら地面に片膝をつくと、中が見えるように相手に向かってバスケットを傾けた。
柔らかで清潔な寝床と化したその中では二匹が身を寄せており、腹を見せる格好で眠りについている。
黒い獣――シャドウパンサーはそこへ鼻先を近づけて二匹の様子を確かめ、具合を調べ――それから、エイトに視線を戻すと、首肯するかのように頷いてみせた。
それから、エイトがそうしたように――魔獣もまた、頭を垂れた。深々と。
「ああ。……霧雨の時は、あまり離れないようにすると良い。それと、この辺りはお前たちの生息域ではない為、出没すると面倒なことになる。故に、気をつけて欲しい。……可能だろうか?」
がう。
顔を上げたシャドウパンサーはひと鳴きすると、バスケットの柄を咥えた。エイトの手から離れ、籠の中の子は親元へ。
長い尾を翻し、森に向かって歩き始めたが、数歩先で足を止めると一度振り返ってエイトを見た。
言葉は無かった。
だがエイトは頷きを返し、獣もまた頷いて森の奥に広がる夜の向こうへと姿を消した。
影は闇の中へ。
は、と吐息を零してエイトが腰を上げる。濡れた片膝に視線を落とし、また吐息をついた。

三日月掛かる深い夜。
家主たちはすっかり眠っているのだから、無断で湯を借りるのは不作法だろう。
水で洗って拭いておくか。そう考えながら屋敷内に戻ったエイトは玄関の閂を戻し、振り向いたところで――寝台に居た筈の家主たちと目が合う。

「お前な。一人で出て行って、独りで対峙してんじゃねえよ。何のために俺たちが居るんだよ。」と顰め面のククールより受けるは叱責。
「まあ俺たちに気遣っての行動なんだろうが、前相談も無くシャドウパンサーとあのように近距離で交渉するのは止めてくれ。さすがに肝が冷えた。」と渋顔をしたマルチェロからは、確認の是非を説かれた。
「……。」
何故だか時々、彼らは非常に勘が鋭いことがある。
いや正確に言うならば五感が、か。
大抵は見つからないか気づかれなかったりするのに、どうしてだか、こういう時――尤も最善で的確で、「最小数の犠牲で済む」行動をとる時――に限って察知されることが多い。
エイトはその辺りの不可思議たる事象について彼ら兄弟に問いかけてみたかったが……どうにも上手く説明ないし質問が出来そうにないので謎のままにしてある。
――それでも一つだけ、いつも通りに出来る行動があった。

「……起こしてしまって、すまない。もう済んだので、これ以上の煩いはないと、思う。」
シャドウパンサーにしたように謝罪の言葉と共に頭を下げれば……。
「謝って欲しいわけじゃなくて……はあ。この女神様にはどうしたら伝わるんだろうな。」
「煩いというのもまた違うしな。……やれやれ。いつまで経ってもなかなか読み解けないな、この女神殿は。」
などとひそひそ声で話し合う二人の声が聞こえ、それでまたエイトは首を傾げる羽目になるのもいつものこと。

「とりあえず、迎えは来たんだろ? じゃあ、もう安心だな。戻って寝ようぜ、エイト。」
「シャドウパンサーの生息区域の確認がまだだが、まあ明日にするか。」
左右から手を取られ、しっかと握られた箇所から伝わるそれぞれの温もりに、エイトは少し戸惑い、視線を彷徨わせる。
だが先を歩く彼らには見えず、気づかれず――いつも女神の心は誰にも解かれることは無い。

霧に煙る森の中のように見通せぬまま、誰が知るや氷の向こう。
それでも女神は両側からの太陽に包まれるが故、完全に凍りつくことはない。

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