(ФДФ) カッ
たわむれに優しくなりかけたけど、ダメでしたの巻。
素行不良はあれど、敬虔な聖職者ではあったはず。
どこまでも可愛そう一色。八月まで書きそうなので、やはりこれをもう周年小説にすればいいのではなかろうか。二十周年の節目にこの中身、この内容。
一周回って、悪くなくもないのでは?
「煮て焼いてくれ」と言われたので、当方のシェフが丁重に扱わせて頂きましたぺろり。ごち。(返礼と感謝をこめて。ありがとうございました。)
完全な安心感を得るには、手足を切り落とせばいい。
そうすれば彼の逃走を、闘争する心をも取り上げられる。
けれど、そうしないのはある種の躊躇いのせい。
足がなければ、自ら近づいてもらえない。
(彼自身の動作が、彼の意志と選択を明確に知らせてくれるから。歩み寄ることなどないというのに。)
手がなければ、頭を撫でてもらえない。
(一線を越える前には、時々ながらも優しく触れてくれていた。今は声を押し殺す為の道具でしかなくなっている。)
腕がなければ、抱きしめてもらえない。
(抱擁が相手から返ることはないけれど、もしかすると、を期待して。身勝手な希望として。)
第一、トルソーなど興味もない。
そんなものはリブルアーチに行けば事足りる。もっとも、彼の女神を象った彫像自体はいくつか存在している。以前にちょっとした騒動に巻き込まれた副産物として。
それら全てを滅茶苦茶に破壊したい衝動に駆られたことなどは、既に懐かしい思い出の一つ。女神を手に入れた今では笑いが込み上げるだけ。
――俺のところには本物がいるんだぜ。
そのままの存在が欲しかった。――彼が女神ではなく、確かに人の手が届く存在なのだという証明として。
天におわしますだろう神サマは、部屋の隅。すっかり埃を積もらせたロザリオの中にいるのかどうかは興味もない。
天罰らしきものの凶兆は未だ見ず。
きっと、世界中にいる信者のほうを優先しているのだろう。敬虔な祈り、純粋な信仰はここよりも外の世界のほうが満ちているから、さぞ過ごしやすいことだろう。
だから、ここに神サマの入る余地はない。
――入れるわけないだろう?
ここは、俺とエイトだけの楽園なのだから。
「……お前の体はいつ温もるんだろうな?」
足の間に座らせたエイトを背後から抱きしめながら、のんびりと聞く。
あまりにも体が冷たいので、湯を張った浴槽に浸かることにしたのだ。たまにはこういう恋人らしいことをしなくては、と考えて。
その恋人は、大人しく腕の中。
しかしククールの問いかけに答えず、ぼんやりとどこかを見つめているだけ。(ククールが視線の先を追ってみたが、見当たったのは湯気立つ透明な湯ばかり。)
端から答えが返ることは期待していない。
この女神は、エイトは喋ること自体が稀になってしまっている。そうしたのは自分だが。
親が子供にそうするように、ゆらゆらと体を揺らす。冷たい檻の中の揺り籠。
揺籃の歌を歌うものはいない。そうされた記憶がない者同士ゆえ、ただゆらゆら揺れているだけ。片方は為すがままにされているだけでしかないけれど。
ククールは目を閉じて、エイトの肩口に顎を乗せる。
ゆらゆら。ゆらゆら。
子供をあやす様に、優しく揺らす。
泣いている子供は――さて、どちら?
そうして、どれくらい静かな時間が流れたことか。
ククールは何か聞こえた気がして、ゆっくりと目を開けた。
「いま……何か……――何か言ったか、エイト?」
ようやく声が聴けるのだと――語り掛けてもらえるのだと、懐かしい期待に胸を躍らせたククールに告げられたのは当然ながら甘い蜜などではなく。
「そと、に……で、たい」
小さく掠れた声。囁きに似た音。
けれど僅かに顔を横へ向け、肩越しにククールを見つめるその瞳にはかつての日常によく見ていた――見惚れていた強い黒曜石の瞳があった。
玲瓏とした氷の眼差しが、ククールを真っすぐ射貫く。
近距離が為に逃げられず、久しぶりの威圧感にエイトを抱きしめている腕が緩みそうになる。
解きそうになった。この手を。縛る呪詛の鎖を。――繋げていると錯覚さえしたこの歪んだ想いすら、溶けそうになって。
「……、……っは。久しぶりの第一声がそれか」
泣き笑いの顔をしてククールが毒づく。
いつもこうだ。望みは叶わない。願いは消え、聞きたくないことばかりを告げてくる残酷な女神様。
その面は冷厳なる氷。磨き抜かれた水晶。幾度そこへ踏み込み、蹂躙し、悪辣たる獣が如く暴食の限りを尽くしても心へ牙は、爪は、届かない。
ああ、この信仰はどこへ向かう?
ああ、この祈りはどこへ捧げればいい?
ククールの思考が暗く沈む。
目的無く視線をゆらゆら流していれば、曇りない湯の下にすらりと伸びる下肢を見つける。
手に入れた宝玉。日々飽きることなく掻き抱いている女神は今この手にあるじゃないか。
祈りはどこへ? ここへ。
捧げものの受け入れ先は、こうして”胸襟を開いて”待ってくれているではないか。
「ふっ……ははっ」
沈黙から一転、くつくつと笑いだしたククールにぞっとしたものを感じたのだろう。エイトが抱擁から抜け出そうと身じろげば、腰に巻き付いていた腕が離れ――それはエイトの膝裏に滑り込み、唐突に両足を持ち上げた。
さすがに嫌な予感を覚えたらしいエイトが「なにを」と口を動かすのを見つめて、ククールは歪に笑う。
「お祈りの時間だ、女神様。――さあ。これも受け止めてくれよ?」
ちゃんと全部飲み込め、と囁いて。
強張り逃げようとする相手の意志に構わず、持ち上げた下肢の奥まった場所へククールは迷える羊の祈りを捧げる。深いところまで届くよう、しっかりと。
湯の水面が揺れ、乱れ、しばらくはバシャバシャと大きな音を立てる。
その透明な色が濁り、抱きかかえた白い体からすっかり力が抜け落ちるまで背徳なる祈りは続いたのだった。
[1回]
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