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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【クク主drago】たわむれかんきんぎんのおり 7.5

■どうにかこうにか蓮の上

じわじわとながら文章を構築できるようになってきたので、書き落とし。
まだどうにも本調子ではないのが歯がゆいところ。

以下、エイトの視点というか場面です。
この辺りから終息に向かう予定(のはず)です。







男が、よろよろと廊下を歩いていた。
喉に巻かれた白い包帯は、傷跡の処置が甘いのか微かな赤を滲ませている。

ひゅう、と。
風が通り抜けるような音がした。

ひゅう。ひゅう。ひゅう。
その音は、包帯が巻かれた喉から出ている。不愉快な言葉を発した罰として、声帯を切られたのだ。
治癒魔法をかけてはもらえたが、いつもの小さい治癒にて発声器官としての機能を一時的に失ってしまっている。
足首には、赤茶の色で汚れた包帯。こちらは喉よりも前のものだろうことが、変色した汚れから窺えた。
足を、いや体全体を引き摺るようにして、男はよろめき廊下を進む。
両手首には深紅の枷。銀の鎖がどこかへ繋がっていたようだが今その先はなく、千切れてゆらゆら揺れていた。
男がよろめくたびに揺れる黒髪と同じようなリズムで、所在なく揺れる様は頼りない子供のよう。
けれど、男が進む姿には目に見えぬ力があった。

「――」
は、と。
薄緋の唇が開かれ、吐息が零れた。それは何かを――人の名前らしきものを象っていたかもしれないし、ただ呼吸しただけかもしれなかった。
黒髪の間から双眸が覗く。
闇よりも深い黒曜石の瞳。
雪月花がごとく白い肌。
冷たい美貌は弱々しい動作に反して、強い輝きを保ったままでいる。
それは、男の強さそのものではなかっただろうか。
両手を拘束する枷。喉に巻かれた包帯は、その身に受けたものがなんであるかを知らしめている。
それでも、氷の美貌をもったその男は――エイトは、真っすぐに前を見て歩いていた。
足元が覚束ないのは、腱を断たれて日が浅いため。
これまでに少なくとも片手以上は行われた。躊躇いなく。罰という名において。
体がよろめくのは、力が出ない為。
体力どころか魔力すらも、日頃から繰り返される行為によって限界まで奪われている。
注がれるもの全て吐き出したは数知れず。
清められても真の清浄には至らない生活を強いられて、望まぬ行為を仕掛けられて。
なのにエイトは折れず檻を開け、絡む鎖を解いて抜け出そうと試みる。

身体共にボロボロだった。
なのに、どうして動けるのか。
前を向く瞳は闇色で、何の感情も窺えない。

ひゅう、と風鳴りに似た呼吸音が人気のない空間に響く。


――ああ、太陽の光が見たい。
空の青を見たのはいつだったろう。


エイトは壁に寄りかかるようにして歩きながら、重い体を引き摺るようにして歩いていた。
思考を占めているのは外へ出ること。人に会うこと。


――この箱庭を破ること。


触れている白い壁には、よく見ると細かな模様が刻まれている。
聖刻。それはエイトの胸に付けられた烙印とよく似ていた。――単なる所有印では飽き足らず、罪人へ対しての堕ちたる証として。
痛みも、悲しみも。
最初の時よりは感じない。
いまのエイトを動かしているのはたった一つ。

外へ。
外へ。
外へ。

この狭い世界はとかく空が遠く、何もかもが息苦しい。は、とエイトが息を吐く。短くもそこにあるのは冷酷な吐息。元来のエイトが纏う氷とはまた別種の。
体を支えるようにして触れている白壁。そこに刻まれている呪は、エイトの手がその表面を滑る度にざらりと壊れて消えていく。
まるでそうする為に壁伝いに歩いているのかというくらいに、エイトは壁に触れ、聖なる刻印を静かに壊していく。
跡に残ったのは、ざらざらした粗い砂。魔よけの性質を持つ銀は灰に成り代わり、床の上に落ちている。――堕とされていく。

ふと、エイトが足を止めてその聖灰に目を向ける。
長めの前髪の隙間から覗く黒瞳が細められ、一瞬ばかり金色が走った。暗く冷酷な光。深い底に眠るそれは、人の世界にいた時には決して目覚めなかった本能。
「……」
エイトはしかし何かをいうこともなく、また前に向かって歩き始める。
聖なる刻印を壊し、床の上にまき散らしながら。
足元に降る聖灰を蹴散らしながら。

美しい黒髪をなびかせながら、白い廊下を進んでいく。


◇  ◇  ◇


突き当り。行き止まり。
とかく今エイトの目の前には、格子がある。何重にも太い鎖が巻かれ、幾つもの錠前が取りつけられているそこが、出入り口なのだろう。
強固な檻の、そこが――これこそが外へ繋がる道。
白い手を伸ばし、檻に触れれば――。

「……っ」

ばちっと鈍い破裂音がして、エイトの指先にちりちりとした火傷を負わせてくれた。
侵入者、もしくは脱出者への罠だろう。少し指先を掠めただけで、加減のない威力がきた。
エイトはひりつく指先を軽く舐めつつ、柳眉を顰めて檻を見つめる。
少しだけ、唇が動いた。
何か呟いたようだが形にする音を今は持たない為、中身は不明のまま。

ただ、闇色の黒瞳がスッと細められ――白雪色の手が再び伸ばされ――檻が開いた。

巻き付いていた鎖は飴細工と化して地面に溶け落ち、錠前は全てが鉱石がごとく砕けて床の上。
檻は平伏すようにその鋼の形を変えて、自ら左右へ歪み道を開けた。たった一人の為に。

エイトはそれを無表情に眺めながら、肩口から滑り落ちかけていたシーツで自らの肢体を包み直す。途中、邪魔だと言わんばかりに前髪を掻き上げて、再び溜め息を一つ。
ああ、苦しかったとでもいうように。
ああ、せいせいしたとでもいうように。
微かな笑みさえ浮かべて壊れた格子を見つめる瞳に、喜悦めいた色が滲んでいたのは気のせいか。
怜悧な微笑が、灰になった銀を見下ろす。その銀色はかつてのトモダチを思わせる色彩であったが、エイトの瞳には何の感情も浮かんでいない。さざ波一つ、何もなく。
視線を外し、前に向き直る。
簡素な装束に身を包んだ氷の――女神、というには雄々すぎるその気配。
それでも、美貌は変わらず……どころか、ますます凄まじさを増しているようだった。長い睫に縁どられた目元には王を思わせる威風があり、見つめる視線にはどこか高貴な光すら見える。

エイト本人がそれを自覚しているのかどうかは分からない。
道を開けた檻を通り過ぎ、白い世界を後にする姿にはどこか人ならざるものが持つ気配を纏わせていた。

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