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龍宴庭note

突発小話&気まぐれ雑記用。 詳細などは「Category」→「★ABOUT」に記載。
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【クク主drago】たわむれかんきんぎんのおり 8

■まあ、これだけやらかしたら。

碌なことにはならないだろうなあと。
結末を書き進めながら、彼らの行く末を考えております。おおまかな終わりはあるんですけど、もうちょっとどうにかするかとかなんとか企みながら一先ず8を書き上げ。

あんまりなbadは回避するつもりではいるけれど、美形の生殺しというのもそれはそれで……などと書き手が歪み始めているところです。
以下、救いようのない話となりつつあるクク主続きです。








愛してる、と。
自ら口にする言葉が、こんなに陳腐に聞こえるとは思わなかった。

そこにあるのは真実。
確かにあったのだ……途中までは。

なのに、相手には届かない。何一つ。欠片すらも。
愛を囁き、甘く口づけ、優しく胎の奥まで満たしても返されるものは無。
聞きたい声は苦痛押し殺す音。
向けて欲しい眼差しは冷えた氷の瞳。
もはや感情が一片も零れることが無くなった相貌は、けれどどうしようもなく美しいままで狂わせてくる。

名前も、呼んでもらえなくなってから久しい。

「外に出たい」
「太陽が見たい」

たまに落ちる玉音はそれだけ。繰り返し、壊れた人形のように紡いでは癇癪を起したこどもに蹂躙される。
こどもの名前は、ククール。
かつてはマイエラ騎士団の副団長――だった。美しい女神を閉じ込め、その手に掛けるまでは。


◇  ◇  ◇


冷たい檻の中に、美貌の男がひとり。
大国トロデーンの兵士長であり、仲間と共に暗黒神を倒した男は、今日も今日とてぼんやりとしていた。
少しでも楽園らしく見えるよう花を飾り、灯火を増やして明るくしてみたものの、その様子は変わらない。
時が流れるのに合わせて、水に溶け出る色彩のように薄くなっている存在感はむしろ人の気配が薄まり透明感すら漂わせ始めている。

その姿は、まさしく女神。
今は寝台の中央に座りこみ、ぼうっとしている。

洗濯したての白いシーツがお気に入りなのか、入れ替える度にすぐに包まる姿はどこか途方に暮れた幼子のよう。
だが、その一方では氷の美貌は精彩を欠くことなく、ここ数日は氷の鋭さをも増しているようだった。
白いシーツに映える黒髪は艶々と輝き、白雪の肌は更に滑らかになり、黒曜石の瞳に至っては鋭く深い闇色に。

――初めはただ見惚れるだけだった。
ゆるりと首をもたげ静かに開いていく月下美人を思わせるような、その静謐な美の成長に見惚れ、惹かれ、その度に欲を煽られては存分に抱いていた。
深く抱きしめ、強く揺さぶり、花弁を悪辣に毟る。最悪な獣。
真相を見ることもなく続けた凌辱に、汚されていたのは自分だけだったと知る頃には手遅れとなっていた。

――気づいたのは、自分を目にしたエイトが微笑を見せるようになった三年目のこと。
一見すると、かつて見たのと同じ穏やかな微笑に似ていた。
だから、一瞬喜んだ――やっと受け入れられたのだと思って。
だが奇妙な違和感があった。
それは本当に些細な「異」。美貌にのみ見惚れていれば、そのまま見逃すほどの。
喜怒哀楽のものではないその黒曜石の瞳が映しているのは、目の前にいる自分ではないことにククールは気づく。

暗く遠い深淵があった。
けれど暗黒神を生み出したような脅威たる闇ではなく、それこそ今エイトが纏っている透明な気配と同じ静かな闇。古代の海の神秘的さをそのまま溶いたような純粋な、なにか。

「……エイト?」
思わず名を呼んだのは、確認するため。
何を確認したのかは自分でも分からない。
漠然とした不安を胸中に抱き、自分を見上げるエイトの頬にそっと手を触れてみた。
ひやりとした感覚は変わらぬまま。
見つめ返す瞳も冷淡なまま。
ただ透明な微笑だけがあった。

愛してる、と。
自ら口にする言葉はもう何の意味も持たない。


ふと、見えない空を見上げる彼の人の背に、四対八枚の翼を見た気がした。


「――エイト!」
思わず大きな声を上げてしまった。
それでもエイトの動きは緩慢で――兵士であった頃ならば俊敏な反応を見せただろうけれど――ゆるりと瞬きをして、少し首を傾げただけ。
何をそう大きな声を出すのだろう。
どうしたんだろう、この人間は、というような眼を向けてククールを見るそこに親近感はない。
それでも右手を持ち上げて、ククールの前髪をさらりと撫でて微笑む。
何度切ったか分からない手首の腱に巻いた包帯が、はらりと解けるのにも構わずにククールの髪を、頭を撫でて見せるは無償の微笑。
二、三度ほど撫でた後に手を離して、また壁の方を見つめる。
その向こう側にあるだろう外界を、空を望むように。
霧消する微笑み。
あとに残るはいつもの無表情。

静謐な慈愛。けれど、ククールはそんなものは求めていない。欲しいのは一つ、一つきり。エイトの心、それだけなのに。

間違っていた、と後悔するには遅すぎた。
取返しもつかない愚行の果てにククールが手に入れたのは、氷の女神さながらの美貌をもった男。
高潔さに焦がれ、勇敢さに憧れた。そのうちに盲信し、狂愛し、それで、それから――あとはこの有様。
背を向けて壁を、否、見えない空を見上げたエイトの姿は今にも人を捨てようとする神さながら。

嫌だ。

ククールの胸を占めたのはそれだけ。
だから、背を向けている相手の肩を掴んで自分の方へと振り向かせた。こっちを見ろよと乱暴に。
ああ、こどもの癇癪だ。
自己嫌悪しながら振り向かせた相手の黒曜石の瞳は、鏡のようにククールを映したのみ。
無機質で、透明で、美しい人形じみた宝石。ククールはどこかが痛むように顔を歪めて、無表情の女神を押し倒す。
それでも。
それでも、ククールを見上げる美貌はどこまでも透明で、無感情。怒りも悲しみも憎しみもないその顔を見つめていると、ククールは泣きたくなる。
その時、エイトの手が伸びてククールの目元にそっと触れてきた。

「……なんだよ。どうした、エイト?」
震える声で、それでも笑みを浮かべて問いかければエイトが無垢な微笑を浮かべて口を開いた。

「…………泣くな」
感情のない冷たい声。
だがしかし、氷の相貌に仄かな微笑を乗せて告げたそこに、エイトの感情はあったのだと思いたい。
何故なら、エイトの指は確かにククールの目から流れていた涙を拭ったのだから。
手も足も腱を切られ、何度も傷つけられ汚されてきた男は、自身を痛めつける相手の涙に少しだけの感情を見せる。

泣いているこどもを慰める、かみさま。
ククールは嗚咽に似た声を漏らす。

「……っはは……」
曇り空の中で差した一筋の陽光。
濁った水の中に沈んだ水晶。
見せてくれた微笑が、掛けてくれた言葉が、触れてくれた指先が。

諦めていた希望を拾い上げてしまう。

ああ。
ああ。

こんな残酷なことはない。

「……下手な慈悲は悪手だぜ、女神様」
暗い声で吐き捨てて、涙を拭うエイトの手を掴んだククールはその顔に歪んだ笑みを作る。

「お前が悪いんだからな?」
綺麗な顔をがつりと左手で掴み、口にするは眠りの魔法。
ベッドの上にぱたりと落ちる手。解けた包帯の下から滲んだ傷跡を一瞥し、笑い、ククールは取り出した銀のナイフをエイトの喉に宛がった。


鳴かずば切られまい。
ククールはエイトの喉に包帯を巻きながら、意識のない冷えた体をそうしてまた凌辱する。

それが最後の晩餐になるとも知らないで。


――哀れな狂信者に最早救いは訪れない。


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